2010年12月27日

さあ、食べなくっちゃ!

以前、病院の食堂で働いている人から聞いた話によれば、レストランや食堂などではヒマな日もあるけど、病院ではほぼそれがない。なのに、入院患者の症状により食事内容が変わったり、新しい入院患者の好みも把握しなければならない。病院の食堂と言うのもこれで中々大変な職場のようだ。

デイルームには1週間分の献立表が置いてある。それは「並食A」と書かれたもので「並食B」があるのかどうか知らないけど、私の場合は流動食からなので、その違いがわかりやすいかも。始まりは12月10日の午後から。尚、私が食べたメニュー名は私が勝手につけたものです。

10日               並食A
昼 薄い吸い物         米飯        
   おも湯             豚肉の照り焼き
   桃ジュース          インゲンのゴマ和え
   アイスクリーム        マカロニサラダ
                   りんご

夜 吸い物            米飯
   おも湯             魚の磯辺焼き
   片栗粉溶いたもの     ソテー
   ヨーグルト          筑前煮
                    下ろしダイコン

11日
朝 薄いみそ汁         ぶどうパン
   重湯              ハンバーグ
   プリン             サラダ      
(高カロリー点滴半量になる) ポタージュスープ
                   牛乳                   

昼 三分かゆ           米飯
   煮魚               煮魚
   焼き豆腐含め煮       焼き豆腐含め煮
   春雨の煮もの         翁和え   
   桃ゼリー            味付けのり
   桃ジュース          桃ゼリー

夜 三分かゆ           米飯
   味のない吸い物        鶏肉の西京焼き
   ポテトの含め煮        ポテトの含め煮
   鶏ムネ肉のボイル      和え物   
   みかん缶           みかん缶

12日
朝 三分かゆ           米飯       
   みそ汁(ふ、卵)        みそ汁                             
   カボチャグラタン       カボチャグラタン
   のり佃煮            のり佃煮
   牛乳              牛乳

昼 五分かゆ           米飯
   青菜炒り煮          蒸し春巻き
   高野豆腐の含め煮     ソテー
   目玉焼き半個        青菜炒り煮 
   練り梅             練り梅
   バナナ             バナナ
(目玉焼きと言うより、ゆで卵の目玉焼きバージョンと言った感じ)

夜 五分かゆ           米飯
   魚煮付け           塩鮭焼き
  里芋含め煮          里芋含め煮
  ナスの煮もの         卵とじ
                    しそ昆布

13日
朝 五分かゆ           食パン
   みそ汁             イチゴジャム
   オムレツ            オムレツ 
   練り梅              オレンジ
   ババロア            コンソメスープ
  ヨーグルト           牛乳

昼 七分かゆ           米飯
   魚煮付            魚のムニエル
   ブロッコリー         ソテー
   カブのやわらか煮     カブのやわらか煮
   青菜のお浸し        ほうれん草のお浸し

夜 七分かゆ           米飯
    おでん            おでん
   スパゲティサラダ      酢味噌和え
   のり佃煮           ふりかけ
   イチゴ             リンゴ 

14日
朝 七分かゆ           米飯
   みそ汁            みそ汁
   錦糸卵のえびしんじょう  錦糸卵のえびしんじょう   
   かつお節みそ        和え物
   ヨーグルト          かつお節みそ
                    牛乳

昼 卵うどん            卵うどん
   ソフール            焼きイモ
   桃缶               桃缶  

夜 七分かゆ           米飯
   刺し身             刺し身
   大根(味付き)        白髪大根
   トマト              トマト
   白菜煮物           ナスのそぼろあんかけ
   ニンジンゴボウの煮もの  シソの葉
                    ソフール

15日
朝 七分かゆ           米粉バターロール
   みそ汁            コーンポタージュ
   蒸しシューマイ       蒸しシューマイ
   オレンジゼリー       オレンジゼリー
   飲むヨーグルト       牛乳

昼 全かゆ             米飯
   魚煮付け           魚照り焼き
   ほうれん草のお浸し     ほうれん草のお浸し
   マーボ豆腐          マーボ豆腐
   イチゴ             イチゴ

夜 全かゆ            米飯
   炒り卵             鶏肉のバター焼き
   ポテト含め煮         ポテト含め煮
   漬物              たらこ和え
                   シソの実漬
      
以後は退院するまで全かゆであったものの、副食のメニューは並食Aと基本的には同じ。ただし、抗がん剤投与以降、脂こいものが食べられなくなった私は、肉のメニューの時は魚にしてもらった。

11日には排便があり、14日に点滴が終了したものの、15日には退院とはならず、18日になってしまった。それでも順調に回復した方とのこと。

今は体調も良くなり、元気です。

でも、来年こそは、健康に暮らそう!


と、言うような次第で、突然ではございますが、このブログは本日をもちまして、閉鎖させていただきます。

今まで、本当にありがとうございました。

                                                  松本  萌花 















      







 




     
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2010年12月26日

ストーマ閉鎖手術の実況中継!

そして、手術の日はやってきた。

4月の時は緊急手術だったし、体調も悪く説明を聞いてもどこか上の空のだったけど、今回は絶食こそ続いているものの、高カロリー点滴により、栄養状態は良好に保たれているし、腸閉塞の管も抜けていたので説明もしっかりその意味がわかる。

ストーマ(人工肛門)と言うのは、私の場合ヘソの左下に小さく紅い梅干しが、その3分の1ほど皮ふから顔を覗かせているような状態で、そこにパウチをかぶせその中に排便があり、パウチの下から便を捨てる。

今回はそのストーマを閉鎖、つまり元の状態に戻すための手術。むろん、永久ストーマの人もいるが緊急避難的にストーマになり、その後手術によりストーマにさよならする人も多い。

でも、正直言って、よくわからないままに手術と言う方が気楽。さらに、元に戻すだけの手術だから、それほどのことはないと思っていたら、これがどうしてどうして、癒着している部分を剥がしながら行うので、かなり大変の手術とのこと。また、つなぐと言うから縫うのかと思っていたら、ナント、器械でつなげるのだそうだ(どんな器械なのか想像もつかない)さらにうまくつながらないこともあり、もしかしたら「小腸ストーマ」になる可能性もあるので、その位置の確認をするに至ってはあまりいい気持はしなかった。

こうなったら、念じるしかない!
「ストーマ閉鎖、手術はこれで終わり」

ある看護師に今の心境を聞かれたので「まな板の上の鯉」と答えたら「鯛じゃなかったっけ?」と返ってきたのには思わず笑ってしまった。別にやせ我慢ではなく、ここまで来たら「ストーマ閉鎖、手術はこれで終わり」それしかない。


12月6日午後1時、手術開始。手術衣に着替えた私は看護師に伴われて手術室に。ドアを入ったところで、点滴棒も手術室用のに代わることになった。そこに待っていたのは顔見知りの看護師が2人と、大学病院からやってきた麻酔科の医師。手術室は寒いものの手術台はしっかり温めていてくれた。背中に痛み止めの針が差しこまれ、いよいよ酸素を吸う。これで意識が無くなる。

その間にも私は何度も「ストーマ閉鎖、手術はこれで終わり」を唱えていた。


そして、気がつけばまだ手術室だった。前回は病室だった。
「手術は無事に終わりましたからね」
「ありがとうございます、ストーマは」
「閉鎖されましたよ」
良かった…。
終わった時間は午後6時。つまり、5時間の手術。

病室に戻ると今度は夜勤の看護師が付いてくれた。前回の手術後はナースステーションの向かいの部屋だったけど、今回はそこには常に見守りが必要な人が入っていたので、少し離れた2人部屋に1人で入っていたし、術後はベッドも私の1つだけだった。そして、この夜勤の看護師は如何に仕事とはいえ、ものすごく親身に世話をしてくれた。術後の一番苦しい時に、お陰でどれだけ救われたことか…。

その看護師が休み明けに顔を見せてくれた時、私は心から彼女に感謝の言葉を述べた。そのことに対してもこういう人はどこまでも謙虚だった。私はいつも何かや誰かのことをチクッている訳ではない。彼女のことは看護師長にも伝えた。看護師長も「あの娘は信念を持ってやっていますから」と喜んでいた。

また、私の主治医は超真面目な人。医師の中には「その程度のことで電話するな」と言う医師と「何でもいつでもいいから電話して」と言う医師がいる。主治医は後者のタイプで、いつ休みをとるのかと思う程、ほぼ毎日病院にいる。自分で患者の状態を確認しなければ気が済まない性格のようで、それにしても、そんなので家庭の方は大丈夫なのだろうかと、ついいらぬ心配をしてしまう程。でも、家庭はうまくいっているようで、全くの余計なお世話だった。

さて、肝心のストーマ跡だけど、縫ってあるのかと思ったら、ナント「梅干し」を上から取り除いたように窪んだままで、汁が出るのでガーゼが当てられているだけ。肉は盛り上がる性質を持っているので、いずれ窪みはなくなる。

12月9日、シャワーが許可になる。医師曰く「日本の水は清潔だから、しっかりシャワーで流しても大丈夫」でも、シャワーの後、すぐに腹痛を起こし痛み止めを打ってもらったけど、別にシャワーのせいで腹痛になった訳ではなく、何てたって5時間の手術だから、その後も腹痛は何度か起きたし、吐きもした。

術後の計画書によれば、術後1日目から2日目には、ベッドをアップし、ベッドサイドに立ち病室内を歩行、3日目は病棟内歩行で水分許可となる。4日目目からは流動食開始、7日目に半抜糸、ドレーン抜去。そして、全抜糸とある。

だが、これはあくまでも目安であり、状態により多少の変化があると但し書きが付いてる。

やがて、流動食が始まり、私は15日に退院しようと思っていた。


































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2010年12月24日

チクリ屋萌花の事件

萌花は見た…。

病院にはやや認知症の人も入院している。中には徘徊癖の人もいる。病棟内を徘徊するだけならそれほど心配はないないようだけど、エレベーターの側には階段もあるし、さらに車いすで徘徊されたのでは危なくてたまったものではない。かと言って、そんな認知症の人たちを常に「監視」することはできない。そこで、そんな人たちはナースステーションの中で、看護師全員で見守ることにしているようだ。そして、ナースステーションの中にはいつも2人ほどの年寄りがいることに。だが、それだけで終わるはずもない…。

あるジイサンがこともあろうに、石けんを食べてしまった!

当のジイサンは「うまかったで」と澄ました顔で言ったそうだ。驚いた看護師がその後の対応に追われ、ちょっと目を離した数分の間に夕食が運ばれ、ジイサンはその食事も食べてしまった。それも短い間によく食べられたものだと思う程に平らげていた。

この場合、石けんだけなら洗浄と言う方法があるが、その上にものを食べたのでは、もはや手術するしかない。すぐに家族に連絡をし、緊急手術となった。

それにしても、石けんを食べて平気とは…。


また、夜になると全裸になるジイサンもいた。とにかく、夜になるとベッドの側で着ているものを脱ぐ。看護師が着せてもまた脱いでしまう。

看護師とは大変な職業だ…。


でも、ここまでは聞いた話。だが、私は見た。見てしまった。それも「家政婦は見た」のように、のぞき見みたいにして見た訳ではなく、バッチリと鉢合わせ!

以前も書いたけど、病棟には看護師、看護学生の他にどういう位置付けか知らないけど、雑用係のようなオバサンがいる。ある時、私がトイレに行くと、そのオバサンがタバコを吸っていた。私はこのオバサンが嫌いだから、その時は何も言わなかったけど、すぐに看護師にチクッた。

病院は当然全館禁煙。それでも隠れてタバコを吸う人はいるようで以前の入院のとき「○月×日、タバコのにおいがしました」との張り紙があった。でも、何のことはない。卑しくも病院の職員が吸っていたのだから。

その後、その件に対して何もないので、別の看護師に聞いてみた。彼女はオバサンの喫煙のことは知らないけど、それは「上」には伝わっているでしょうと言った。私は別に看護師全員でオバサンを見張れとか言うのではなく、喫煙の事実を知っていて当然なのではと思っていた。そこで、チクッた看護師にその話を蒸し返してみると、確かに上には伝えていた。でも、あの後ですぐにトイレに行ってみたけど、タバコのにおいはしなかったし、現場を押さえた訳ではないのでと言った。

あのね、現場は私が押さえたでしょ。また、私がオバサンの喫煙に出くわしただけでものもすごい確率だし、このオバサンもしばらくは、少なくとも私が入院している間はトイレでタバコを吸わないだろう。それをこの次、看護師がその現場を押さえることが出来るとしたら、気が遠くなるような確率でしかない。

その後、マンガを持ってきてくれる看護師の話によれば、オバサンは喫煙の事実を認め謝罪した。このオバサンは元は5階にいた。そこで入院患者ともめ事を起こし、5階にいられなくなり4階へ移動。その仕事ぶりはベテラン看護師にはいいけど、学生や新人看護師には結構きついことを言うし、先日も個室の患者ともめてクビになるのも近いのではと言うことだった。

私がこのオバサンを嫌いなのは、抗がん剤投与のため2週間ごとに入院していたある時「マツモトさん、お帰り!」と言った。これが私にはカチンときた。好きで病院にやってくる訳ではない、だるく吐き気に悩まされる3日間を繰り返しているというのに、看護師も看護学生もそんなことはだれも言わない。この件に関しては「このオバサンに悪気はないのでは」との意見もあったけど、悪気がなければ何を言ってもいいと言うものではない。それ以来、私はこのオバサンが大嫌いになった。

かと言って、病院の人事に口を出すつもりはないけど、その後もオバサンは勤務を続けていたし、結局今回も注意を受けただけで終わったようだ。

でも、この病院の喫煙コーナーは1階正面玄関脇の外。何も戸外に設置することはないと思う。真冬に戸外での喫煙は寒いだろうに、これだけは喫煙する人が気の毒…。それでも吸いたいのがタバコ?

ちなみに、私が勤めていたデパートではトイレでタバコを吸うと即退店。そのため煙感知機も設置されている。

また、このオバサンの特徴の1つにだみ声がある。声はもって生まれたものだからどうしようもないけど、喫煙をチクられてからのオバサンの、だみ声のトーンが心持ち低くなったのに気がついたのはおそらく私だけだと思う。でも、その声も今は、チクリ屋の私が退院したので、通常モードに戻っているだろう。






































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2010年12月23日

退院しました!

思えば11月16日の夜までは元気だった。

4月の手術でストーマ(人工肛門)となったものの、永久ストーマは避けられ、最初は1月にストーマ閉鎖手術をすることになっていたけど、医師から状態がいいので12月でもいいと言われたので、善は急げと12月3日入院、6日に手術をすることに決まった。それなのに…。

16日、風呂に入り、7時ごろから少し腹痛があったものの、そのまま食事をした。その後、痛みが増したので病院に電話。折り返し電話があり、8時前にタクシーで病院に行く。帰宅中だった医師は引き返してくれた。レントゲンとエコーを撮り、薬をもらいその日は帰宅。だが、10時と午前0時10分、4時10分に食べたものを吐く。

17日の朝8時ごろに再度病院に電話し、9時に外来に行き、そのまま入院。その後も4回ほど吐き、CTやレントゲンなどの検査。排便なく痛み続く。

18日、腸閉塞との診断が下り、明日は鼻から管を入れると言うので、2時間ほど外出許可をもらい、家に帰り、そのままだった部屋を少し片付け、必要なものをバッグに詰め、郵便局に郵便物の不在届を提出。

19日、鼻から管。かなり、大変だった…。その後、緑色の液体を吐く。管の先より、黒っぽい液体排出。これからもずっと絶食なので、高カロリー点滴が始まる。エルネオパ2号、1230カロリー(非タンパク質量1050キロカロリー)1500ミリリットルを24時間かけて投与。

20日、やっと排便あり、少し楽になる。

21日、管の中にさらに細い管を通す。

22日、何も食べなくても栄養は十分足りているとは言え、空腹感はある。そこで、アメとガムが許可になったけど、どちらもあまり好きではない。日常ではまず食べない。それても空腹を紛らわすために売店であれこれ買う。でも、すぐに飽きてしまうから、翌日にはさらに別の種類を買いたす。

28日、やっと、管が抜ける…。腹痛少し治まる。水も少し飲めるようになる。でも、手術まで絶食は続く。

それから、ストーマ閉鎖手術の12月6日までは、たまに腹痛はあるものの、わりと楽に過ごせた。

またしても、自宅からマンガを持ってきてくれる親切な看護師さんなど、この病院の医師もスタッフもやさしい。

そんな頃、ちょっとした「事件」が…。





















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2010年11月09日

(火)あなたのすぐ側にいる毒…

見えないキノコです。

☆黴(かび)
黴とは、菌類の一部の姿を指す言葉。肉眼的に見える微生物の集落(コロニー)の俗称。

正しくは「真菌」動物にも植物にも属さない独立した生物。酵母、糸状菌、キノコがその仲間。種類は一説には数万種と言われ、そのうち2000~3000種が猛毒を持っている。


☆カビの種類
○酵母菌
酵母菌とは単細胞真菌の総称。発酵食品に使われる。また、風呂などに発生する黒いカビも酵母菌。

○糸状菌
多数の細胞が集まった糸状真菌。通常カビと呼ばれるもの。水虫菌(白癬菌)もこのカビ。

○キノコ
詳しくは昨日のブログを読んでください。


☆細菌とカビの違い
カビは細胞内のDNAを包み込む核を持つ、真核微生物。

最近は核をもたない原種微生物。全く別物。


☆カビの役割
動物や植物の不要になったすべての有機物を分解する。

人間が直接利用しているのは、抗生物質。また、みそ、しょうゆ、酒などの発酵食品はカビの力によるもの。ブルーチーズの青カビ、カマンベールチーズの白カビなど。


☆カビによる病気
○夏型過敏性肺炎
空気中のカビの胞子を繰り返した量に吸い込むことで、肺が炎症を起こし、咳やだるさ、息切れが続く。放っておくと肺が線維化する恐い病気。原因はトリコスポロンと言うカビ。夏風と間違われやすく、見過ごされやすい。

○白癬菌
水虫菌とも言う。タムシ、シラクモ、インキンもこのカビによって引き起こされる。白癬菌は角質層に入り込み、角質層を食べるが、その内側の生きた細胞に取り付くことはない。ただ、白癬菌が出す酵素や老廃物が生きた細胞を刺激し、免疫機能にダメージを与えることで炎症が起きる。

○カンジタ
カンジタは人間の消化器系に棲む唯一のカビ。酵母の仲間。通常は人間にとっていい働きをしているが、皮ふに感染すると水虫のような症状が出る。また、重い病気で体が弱っている人などに感染する「日和見感染」をする。

重病人の内蔵等で増殖するカンジタは抗生物質が効かない。カンジタは細菌とは違い、人間などと同じ真核生物なので、漢字他に効果のある薬は人間にも悪影響を及ぼす。


☆抗生物質(antibiotic)
カビや細菌などの微生物によって作られる物質。他の微生物や生物細胞の機能を阻害する。1928年、フレミングが青カビからペニシリン(penicillin)を発見。以後、数多くの抗生物質が発見され、ストレプトマイシン、カナマイシン、クロロマイセチン、バンコマイシン等の抗生物質は夢の薬として多くの人の命を救ってきた。

だが、その乱用(人間だけでなく家畜の飼料等)により、多くの薬剤耐性菌も発見されている。


☆黴雨
中国語では「つゆ」を「梅雨」「黴雨」の2つの字であらわす。梅とカビの発音はどちらも「メイ」黴の訓は「かび」

○梅雨の語源
1.露に通じる
2.食べ物が腐る意味の潰(つい)ゆ
3.梅が熟す意味の熟(つ)ゆ
など、諸説ある。


☆動物の毛ブラシ
カビ取り剤と動物の毛ブラシで使用してはいけない。家に含まれるたんぱく質が、カビ取り剤の成分に反応し、塩素ガスを発生する危険性がある。


☆ナポレオンの死因
ナポレオンの死因については諸説ある。よく知られているのはヒ素によるもの。

1.壁紙に使われていたヒ素を吸い込んだ。
2.暗殺説。
3.胃がんの合併症。ヒ素は外部から付着した。

○壁紙説の根拠
昔からヒ素は絵の具の顔料として使用され、ヨーロッパではヒ素入り絵の具が絵画の色調を出していた。一方、スポプラリオプシスと言うカビは蒸発しにくい無機のヒ素化合物を、蒸発しやすい有機のヒ素化合物に変える性質を持っている。このカビによって蒸発した有機ヒ素を吸い込んだためとされている。

ちなみに顔料とは、着色用の粉末で水や油に溶けないもの。水や油に溶けるものは染料。顔料と言う名前の由来は、昔は色が付けばいいと言うだけで、鉛や水銀の入った顔料を顔に塗っていた。当然、皮ふはボロボロになり、鉛や水銀は体の中にも浸透する。武家の子供が育ちにくかった理由に、母乳に鉛毒が含まれていたことが原因の1つとされている。

さて、真実は…。


カビは至るところ、ものに発生する。シンナー、防腐剤、灯油、理由さん、ジェットエンジン、ゴム、プラスチック、金属など。水深千メートルの深海に棲むカビもいると言う。

カビはすぐにまん延します。常に清潔と乾燥を心がけるしかないようです。




















ラベル: カビ
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2010年11月08日

(月)今日も空飛ぶエロの花!

今は1年中食べられるけど、秋はキノコのおいしい季節。

☆キノコとは
キノコは菌類。その菌類で比較的大型の子実体を形成するもの、肉眼でその存在がはっきり確認できるくらいの大きさのものをキノコと言う。顕微鏡でなければ確認でないものはカビ。その種類は数千から数万あり、1000種から2000種が食用になるが、栽培されているのは10数種。

キノコは植物に例えれば、花。飛散する生殖器。


☆キノコの語源
キノコの語源は木の子。
「茸」は草が盛んに生い茂る様子を表わした会意文字。「きのこ」と言う読みは国訓(中国にあった漢字に、日本で違う意味の訓をつけたもの)


☆食用
マツタケを食べ始めたのは奈良・平安時代。

万葉集、読み人知らず
「高松のこの峯も狭に笠立ててみち盛りたる秋の香りのよう」

古くはくさびら(茸)と言い、平安初期の「宇津保物語」に

「おまへのくち木に生ひたるくさびらども、あつい物にさせ」

キノコの栄養素は水分を除くと4割が食物繊維。ビタミンB、カリウムを含むがカロリーはほとんどない。消化が良くないので、食べ過ぎると下痢をする。


☆キノコの種類
○腐食性キノコ
落ち葉や枯れ木を栄養媒体として育つ。シイタケ、エノキダケ、ムラサキシメジ、ナメコ。

○菌糸性キノコ
特定の樹木の根にその期と共生関係を築く。マツタケ、ホンシメジ、ベニテングダケ。人工栽培は難しい。


☆スギ林・ヒノキ林
スギ林やヒノキ林ではキノコは見かけない。根元に共生する「菌根菌」の種類が異なるので、すべての樹木がキノコと共生している訳ではない。


☆キノコと落雷
「落雷をうけるとキノコはたくさん生育する」とギリシャ時代の哲学者、プタルコスが記している。これは落雷によるショックで防衛本能から、子孫の増殖本能が働くと考えられている。

栽培の農家の一部では、電気ショックを与えて増産効果を上げている。


☆最大・最小のキノコ
日本で生育するキノコで大きいものは「ニオウシメジ」最大で180s、直径30p、柄の長さ50p近くのものが収穫されたことがある。
「ニオウシメジ」名前の由来は「金剛力士」の別名「仁王様」から。

キノコ型の組織を形成するものに限って言えば「ロクショウグサレキン」「ビョウタケ」の仲間で1~4mm。


☆キノコあれこれ
○冬虫夏草(とうちゅうかそう)
昆虫などから生ずるキノコの総称。本来はコウモリガの幼虫に寄生する種。養分を昆虫などから得る寄生生活をし、近視の塊りとなり、やがて虫の体内を突き破ってキノコ(子実体)を生ずる。

昔の人はその様子から、冬は虫、夏は草に転生する生き物と想像したらしい。

歴史的には、チベットの薬物書「甘露宝庫(1400年頃)」に記載されたのが最初。中国では清朝時代の医学書「本草従新(1757年)」に初めて出てくる。

○サルノコシカケ
タコウキン科、マンネンタケ科、タバコウロタケ科などの菌が、樹木の幹などから発生する硬質のキノコの総称。サルノコシカケと言う種はない。

○アガリスク
ブラジルで採れるメシマコブ。桑の木に寄生し、桑を枯らすキノコ。

○シイタケ
椎(しい)の木に生えるキノコ。クリ、ナラ、クヌギにも生える。

○マツタケ
アカマツ林に生える。寒冷地では、エゾマツ、ハイマツにも生える。

○マイタケ
見つけた人が舞踊って喜ぶところからつけられた名前。

○キクラゲ
「木耳」はラテン語の「耳介」に由来する。欧米では「ユダの耳」と言う。ユダが首を吊った木から生えたことに由来する。

○マッシュルーム
世界で生産量が最も多いキノコ、75パーセントを占めている。

○その他のキノコ
「しめじ」として売られているのは、ヒラタケの栽培品。
「ほんしめじ」はブナシメジの栽培品。


☆毒キノコの見分け方の迷信
1.縦に裂ける
欧米では「死の天使」と呼ばれるベニツルタケは縦に裂ける。つまり、ほとんどのキノコが縦に裂ける。

2.虫に食われたキノコ
虫に有毒な成分と人間に有毒な成分は違うので、虫が食べていてもダメ。

3.地味なキノコ
ド派手なベニテングタケは例外で、ほとんどの毒キノコは地味。

4.銀のスプーン
銀のスプーンが変色しなくてもダメ。

5.ナスと一緒
バター、油で炒めても、ナスと一緒に煮てもダメ。

6.干す
干して乾燥しても毒は消えない。

7.塩漬け
それでもダメ。

では、どうしてこんな迷信が広まったのかと言えば、明治初期の官報に、一部で流布していた俗説を事実と誤認し、掲載したことによるもの。


☆干しシイタケの作り方
市販の干しシイタケはほとんどが機械干し。なのに、高い。そこで、自宅でも簡単に干しシイタケを作る方法。

スーパーで大きめの生シイタケを買ってきて、ザルに並べて陽のあたるベランダにでも置き、後は天日に当てて干すだけ。そのときに、じくの付いている方から干すのではなく、笠の方から干すこと。そして、ある程度乾燥したら糸に吊るしておく。

2.3日で完了と言う訳にはいかないけど、完全に乾燥しない、半干しシイタケもそれはそれでイケる。また、干しシイタケを改めて天日干しにすると、ビタミンDが増しおいしくなるので、1度お試しください。

キノコはお店で買いましょう。
































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2010年11月07日

(日)甘くて渋い、無花果のような日本人?

みかんとくれば柿。

☆柿
柿はカキノキ科の落葉高木。世界には約500種ある。原産地は日本、あるいは中国と言われている。その他、インド、マレーシア地区を中心に分布。実の成るものは食用。

黒檀(こくたん)はインド南部やスリランカで育ち、家具や建築物などに応用される優良な木材。柿の心材は淡黒色、または黒色。堅く緻密なので、家具や楽器等に用いられる。特に黒色のものは黒柿と呼ばれ、黒檀の代用になる。

縄文時代、弥生時代の遺跡からも出土している。現在のように大きな実の成るものは、奈良時代に中国から伝わったもの。甘柿の出現は鎌倉時代の突然変異によるもの。

日本の柿は16世紀頃、ポルトガル人によってヨーロッパに紹介され、「東洋のリンゴ」として広まり「Kaki」で通用する。日葡辞書には「リンゴに似た日本の無花果(いちじく)」とある。

学名、ディオスピロス・カキ(Diospyros Kaki、神の食べ物)
Dios=ゼウスの神 pyros=食べ物

中国語「シー」
トルコ語、ロシア語「フールマ」
北アメリカ「パーシモン」東洋の柿は「japanese persimmon」


☆柿の語源
1.赤い実のなる木「赤木(あかき)」の上略。
2.実が固い「カタキ(堅木)」の中略。
3.実を取る時、枝を掻いて取る「カキ」
4.実に光沢があるところから「カガヤキ」の略。
5.同じく「アカツキ」の転化。
6.「赤黄(カキ)」色から。
と、諸説アリ。


☆柿の名称の由来
○富有(ふゆう)柿
岐阜県本巣郡巣南町居倉で発見された柿。別名を「居倉柿」と言う。中国の古典「礼記(らいき)」の一節「富有四海之内(天下を豊かに保つ)」から1898年に、富有柿と命名。新潟県から九州まで広く栽培され、全国生産量の60パーセントを誇る代表的な柿。

○次郎柿
森の五軒町(現・静岡県周智郡森町)の松本治郎が弘化年間、太田川の大洪水の後の堤防修復工事に出た際、漂着した1本の柿の苗を持ち帰り、裏庭に植えたのが始まり。実にハッキリした4条の溝があり、溝にそってナイフを入れると種に当たりにくい。

○西村早生(にしむらわせ)
滋賀県大津市で偶然発生した柿。1960年に名称登録。8月下旬から10月上旬に出回る早生品種。福岡県、岐阜県、愛知県などで栽培されている。

○平格無(ひらたねなし)
新潟県新津市原産。古い品種で渋柿の代表。明治20年命名。別名、八珍、庄内柿、おけさ柿。種なし。

○西条柿
広島県原産。1238年、長福寺の僧、良信は本尊薬師如来像の霊夢を受け、弟子の信常を鎌倉の栄福寺へ遣わしたとき、信常が種を持ち帰ったもの。「最上」「才女」とも言われる。


☆干し柿
和菓子の甘さの基準となっている「和菓子の甘さは干し柿を最上とする」と言う言葉がある。柿は酸味が少なく、干し柿の糖度は40~70パーセント。砂糖の無い時代の甘味の優等生。


☆柿霜(かきしも)
干し柿の表面についている白い粉は柿の乾燥に伴って、果肉の中の糖分が表面に結晶化したもの。成分は果糖とぶどう糖。砂糖の無い時代、この白い果粉をかき集めたものを「柿霜」と呼ばれ、今の砂糖のように甘味料として使われていた貴重品だった。千利休も茶菓子に利用していた。


☆木守柿
昔、翌年の豊作を願って、木の上の方の柿を1つ残しておいた。今は木の上に残った柿を差している。


☆硫黄燻蒸(いおうくんじょう)
柿に少し紅がした時点で収穫し皮を剥く。干す前に硫黄を燃やして燻製にする。その時、発生した亜硫酸ガスは水分によって、亜硫酸になる。この亜硫酸がタンニンの酸化を防止し、あめ色のきれいな干し柿が出来る。殺菌力もあり、カビや変色も防ぐ製法。


☆パーシモン(persimmon)
昔はゴルフクラブに使用されていた。日本の柿とは種が違う。ゴルフクラブの最初は、ブナ材(ビーチ)で1590年~1890年の300年の間使われていた。

このブナは古い英語のbuck。これはバッキンガムの語源になっている。本(book)の語源も紙の無い時代、この木の樹皮に文字を書いたことによる。


☆シブオール
シブオールとは柿渋のタンニンの一種。すべての柿に含まれる。シブオールには血管を強くする働きがあり、高血圧症、脳卒中の予防に効果がある。


☆柿渋
柿渋は、渋柿を砕いて絞った汁を発酵熟成して作る。主成分はタンニン。防腐効果、耐水性があり、漁網、傘、うちわ、雨合羽などに塗られていた。建築物の塗料にも利用され、専門の渋塗り職人がいた。

最近は、加齢臭の原因と言われるノネナールの消臭に有効として、化粧品にも利用されている。


☆日本初の特許
明治18年「鉄、銅製品のサビ止めの塗料とその塗り方」が日本の特許第1号。この塗料とは漆、柿渋、アルコール、鉄粉などを素材にしたもの。


☆柿と酒
柿は悪酔いを防ぐ。タンニン、ペクチンにアルコールの吸収を抑える働きがある。二日酔いにも効く。豊富なビタミンCが副腎機能を回復、柿の利尿作用で代謝をよくしてくれる。


☆柿が赤くなると
栄養豊富な柿が食べられる季節になると、みんな元気になって、医者が青くなるという俗説。


☆柿の種
お菓子の柿の種は大正12年、新潟県で生まれた。柿ピーは、ピーナツ業者がピーナツの販売拡大をねらって売り出したもの。


☆柿と杮(こけら)
この二つの漢字、一見同じように見えるけど違う字。柿は9画。杮は8画。杮の旁(つくり)の市は上から棒を書く。杮の音読みは「ハイ」ただ、今は肺や沛(はい)は旁(つくり)を柿と同じように書いている。

ちなみに、杮とは木材の切りくず。ヒノキやマキを薄く剥いだ板のこと。

  
☆桃栗三年柿八年
さて、その続きは。

「柚子(ゆず)は9年」
「柚子は遅くて13年」
「梅は遅くて13年」
「梅は酸いとて18年」
「枇杷(びわ)は9年でなりかねる」
「枇杷は9年で登りかねる、梅は酸い酸い13年」
「柚子の馬鹿めは18年」
「梨の大馬鹿18年」

地域、地方によって実をつける年数が違うので、いろいろある。


人間も個体によって、それぞれ違うんですけど…。

それがわかっていても、つい…。








































ラベル:
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2010年11月06日

(土)うふふ、これは蜜の味…

そろそろコタツでみかんの地方もあるのでは…。

☆みかんの木
みかんの原種は3000万年前のインド東北部アッサム地方が発祥。さまざまな種に分化しながら、ミャンマー、タイ、中国へと広まる。日本にはタチバナとシークワ―サーが自生していたが「魏志倭人伝』には「生薑(しょうが)橘、山椒、茗荷、それらを食用とすることを知らない」と記載があり、食用とされてなかったようだ。

「日本書紀」には「垂仁天皇の命を受け常世(とこよ)の国へ遣わされた、田道間守(たぢまもり、古事記では多遅麻毛理)が非時香菓(ときじくのかくのみ)の実と枝を持ち帰った」とあり、この実は今のタチバナであるともダイダイであるとも、小みかん(キシュウミカン)と定かではない。また、古事記にもみかんは登場している。

その後も中国から、キンカン、コウジ(ウスカワミカン)など、さまざまなみかんが伝来するも、当時の日本では食用よりも薬用として用いられていた。

「日葡(にっぽ)辞書(1603)」には「miccan」と表記されている。古くは「ミッカン」と発音されていたのが、ミカンとなった。

ちなみに、常世の国とは、古代日本で信仰されていた、海のかなたにあるとされる異世界の国のこと。一種の理想郷。また、日葡辞書とは、日本語をポルトガル語に訳した辞書。


だが、室町時代に中国から伝わってきた品種が、それまでの柑橘類より甘かったので「蜜のように甘い、柑子(カンジ、コウジ)」の意味で「蜜柑」の字が当てられた。


☆みかん
日本で普通にミカンと言えば、温州(うんしゅう)みかんのこと。この温州とは柑橘類の産地であった中国浙江省(せっこうしょう)の温州のイメージにあやかってつけられたもので、温州とは関係ない。

みかんの生産は、和歌山、愛媛が多く、静岡と続く。おもな産地は太平洋沿岸、瀬戸内沿岸となっている。

アメリカ・アラバマ州、フロリダ州ではみかんが栽培され「Satsuma」「Mikan」と呼ばれている。日本以外では、スペイン、トルコ、韓国済州島で栽培されている。

カナダではみかんは「クリスマスオレンジ」と呼び、クリスマスシーズンの到来を告げる風物詩となっている。


☆紀伊国屋文左衛門
当時の江戸で、みかんが高騰していることに目をつけた、文左衛門は暴風雨の中、船で命懸けで江戸にみかんを運び、富を得た話は有名。


☆みかんと風邪
みかんはビタミンCやシネフリンと言う成分が豊富で風邪予防にいいとされている。その他、ビタミンA、クエン酸、食物繊維、白い筋にはヘスペリジンは動脈硬化、コレステロール血症に効果がある。また、果肉には、プロビタミンA化合物の一種、クリプトキサンチンが多い。

中国ではみかんは体を温める食べ物として、風邪をひいた際には食べてはいけないとされている。つまり、ミカンは体を温めるので風邪の予防にはなるけど、風邪をひいてしまった後は食べない方がいいと言うことらしい。


☆みかんの効用
漢方では、未成熟な皮を干した青皮と言い、熟した皮を干した陳皮(ちんぴ)は七味唐辛子に入っている。

油胞と呼ばれる果肉のつぶつぶは、リモネンと言う合成樹脂を溶かす溶剤として注目を集めている。リモネンはオレンジオイルや洗剤として使われている。


☆ポンジュース
愛媛のポンジュースは「日本一(にっぽんいち)」のジュースになるようにとの願いを込めてつけられたネーミング。だが、愛媛では「ポン」は「くだらないもの」「糞」の意味があり、最初は「糞のジュースかと揶揄された。


☆みかん缶詰の歴史
○外皮付き糖蜜煮
最初のみかん缶は、外皮をつけたままで甘煮にされた(キンカンの甘露煮スタイル)文献によると明治10年の「朝野新報」に掲載されていた。

○みかん大缶
外皮を手剥きして丸のまま詰めたもの。明治30年ころ。売れ行きはよくなかった。

○丸球みかんの砂糖漬
大正6.7年頃。これも評価はよくなかった。

○みかんシラップ漬缶詰の変遷(注:シロップの印字ミスではない)
内果皮を手やナイフで剥皮したもの。大正時代。

内果皮をアルカリで処理したもの。昭和2年。

内果皮を酸とアルカリで処理したもの。昭和8年。

缶切りの要らないイージーオープン缶。昭和40年。

透明プラスチックボトル入り。平成。 

透明袋みかんゼリー。平成。


☆缶詰のみかんの内果皮の排除方法
@ 最初は外皮は手剥き。0.5パーセントくらいの塩酸に30分浸す。

A @を水洗いする。

B 水酸化ナトリウム(カセイソーダ)の0.5パーセントから1.0パーセント程度の液の中に浸す(50度くらいに温めてあれば、数秒でよい)

C Bを水洗いすれば、みかんの内果皮は見事にはがれる。

この方法は日本人が発明したもので、ビタミンCが少ししか破壊されない。最近は外皮剥きも機械化されている。


☆余談
○私のみかんの食べ方。
私は、みかんが嫌いと言う訳ではないけど、買ってまで食べようとは思わない。何より、食べ方、食べカスが汚い。口に入れたものを出すという行為もいやだし、中にはどうしてだか、みかんの房を縦に口に入れる人もいる。その時、変顔になるんだけど…。

そんなみかんも買わなくてももらう時がある。その時は半分に切って果汁をしぼる。これこそ、何も足さない本当のみかんジュース。これはものすごくおいしい!そして、外皮(ワックスなし)は細く刻んで野菜炒めに適量入れ一緒に炒めると、ほのかなみかんの香りがしてさっぱりとおいしい野菜炒めの出来上がりとなる。残った皮は冷凍しておく。

でも、みかんの食べ過ぎは控えましょう。皮ふが黄色くなる柑皮症だけでなく、あれでなかなか糖分が多いので、糖尿病の危険性もあります。




























































欧米では「Satsuma」「Mikan」と呼ばれている。
ラベル:蜜柑
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2010年11月05日

(金)紅くて、知恵があって、すごい味の…

人間の肉の味がすると言われても…。

☆ザクロ(石榴、柘榴、若榴)
ザクロとはザクロザクロ属の木、またはその実を指す。学名、Punica granatum。原産地、ペルシャ。 


☆ザクロの語源
ザクロの科名、PunicaceaeのPunicaは「フェニキアの」を意味するPoeniに由来。古代ローマの博物学者、プリニウスがザクロを「カルタゴのマルス」として、カルタゴ周辺がザクロの原産地として考えていた。

granatumは「種の」や「粒の」の意味。英語のpomegranate(粒の多いリンゴ)はラテン語のpomumgranatum、pomagranata(種の多いリンゴ)に由来。

中国語の「石榴」「安石榴」はパルティア王朝のアルサケスを張騫(ちょうけん)が「安石」「安息」と音訳し、パルティアを意味する「安息国」に由来。またザクロを「塗林(とりん)」と呼んでいた時代もあり、サンスクリット語のザクロを意味するdarim、darimaの音訳。「榴」は実が瘤(こぶ)に似ていることに由来。

日本語のザクロは、石榴、石榴の字音から。呉音では「ジャク・ル」漢音では「セキ・リュウ」

「本草和名」には「安石榴、別名塗林、若榴」の中国読み「zak-law」に由来。また、ティグリス川、およびペルシャ湾東方のザグロス山脈のザグロスを「石榴」と音訳したともある。


☆ギリシャ神話
ペルセポネはゼウスとデーメーテール(豊饒神)との間に生まれた娘。そのペルセポネを冥界の王ハデス(ローマ神話ではプルート)は冥界に連れ去ってしまう。嘆き悲しんだ母のデーメーテールは大地に実りをもたらすことを止めてしまう。困ったゼウスはハデスを説得し、ペルセポネを解放することに成功。だが、ペルセポネはハデスに差し出された12粒のザクロの種のうち、4つを食べてしまった。

冥界の食べ物を食べたものは冥界に属すると言う神々の取り決めにより、以後ペルセポネは4カ月冥界で過ごすことになる。デーメーテールの悲しみは癒えることなく、娘が冥界にいる4カ月の間地上に実りをもたらすことを止めてしまう。これが冬の始まりと言われている。また、4粒ではなく、6粒と言う話もある。


☆エジプト神話
戦場で敵を皆殺しにするセクメトに対し、太陽神・ラ―は、7000の水差しにザクロの果汁で魔法の薬を作り、セクメトはそれを血と思い込み飲み、酩酊して殺戮(さつりく)を止める。


☆キリスト教
キリスト教ではザクロは再生と不死に対する希望のシンボル。聖母マリアの象徴。ボティチェリ作「マニフィカトの聖母」「石榴の聖母」には、幼いキリストがザクロを持っている。ミレーの「無原罪の聖母」ではマリアの足元にザクロが描かれている。

アダムとイブが出会ってしまった「知恵の実」はリンゴではなく、ザクロの説もある。


☆鬼子母神(きしぼじん)
インドの訶梨帝母(かりていも)には子供が千人いた。しかし、人間の子供を食うことを止めないので、釈迦が人肉の味がするザクロの実を与え、人肉を食べないことを約束させ、子供を守る神となった。

鬼子母神が手に持っているのは、吉祥果(きちじょうか)言われるザクロの実。

江戸三大鬼子母神
真源寺(入谷)法明寺(雑司ヶ谷)法華経寺(千葉県市川市)


☆紅一点
紅一点とは、男性の中に女性が1人いること。この紅とはザクロのこと。中国宋の時代の詩人、王安石(おうあんせき)の「石榴詩」は彼が大臣だった時、翰林院(かんりんいん)の庭にザクロの林があり、緑の葉の中に1輪紅い花が咲いていた。

「万緑叢中紅一点 動人春色不須多」
(濃い緑の中に一輪紅い花が咲いている、人を感動させる春の景色はこの一輪だけで十分だ)


☆石榴口
江戸時代の風呂の多くは蒸し風呂(湯を張った風呂は湯屋で江戸時代後半に登場する)で、蒸気が逃げないようにするため、湯船に入るには屈んで入るようになっていた。そこを石榴口と呼んだ。ザクロの絞り汁で鏡を磨くと曇らない。そこで、風呂の入口を屈み入る、鏡鋳る(鏡を磨くこと)にかけて石榴口と呼んだ、江戸ッ子の粋な言葉遊び。


☆ガーネット(garnet:石榴石)
1月の誕生石。


☆ザクロジュース
ザクロに含まれるエストロゲンは特に女性には必須な成分。だが、ほとんどのザクロジュースにはエストロゲンはそんなに入ってなく、値段のわりにその効能も疑問視されている。つまり、高価なのに、その効果が疑わしい…。

コラーゲンも食べたからと言って、翌朝、肌がぷるっぷるっになることはない!


私は子供の頃にザクロを食べたことがある。粒々の集まりのようなもので、何かを食べた言う気もしなかったし、何より、その酸っぱさに閉口した。これが人肉の味とは到底信じられなかった。誰も食べはしないけど、人肉も肉だから、食べればやはり「肉」の味がすると思う。

市販のザクロジュースは飲みやすくおいしいそうだけど、気休めのようなものに高い金を出す気はない。

石榴にもいろいろな話が伝わっている…。















ラベル:鬼子母神 石榴
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2010年11月04日

(木)蝌蚪・おたまじゃくし文字

日本が世界に誇る伝統工芸の一つ。漆器。

その漆器を作るには、漆が不可欠。

☆漆(うるし)の語源
漆とはウルシ科のウルシノキ(漆の木)やブラックツリーから採れる、天然樹脂塗料。塗料だけでなく接着剤としても使われる。その塗膜は耐久性、耐薬品性(酸やアルカリに強い)に優れている。葉や幹に触れるとかぶれる。

元の字は、漆の「サンズイ」が無い字。「漆」とは川の名前を表す字だったのが、元の字に代わって使われるようになった。

「うるし」の語源は「潤汁(うるしる)」「塗汁(ぬるしる)」に由来する。また「うるわしい」に由来する説もある。英語で、Lacquer Tree。


漆を採るヤマウルシの原産地は中国、チベット、インドなどの高原地帯。塗料にしたり蝋(ろう)を採るため、日本各地で古くから栽培されてきた。幹を傷つけて漆液を採り、果実の皮からは蝋を採る。

ウルシ科には漆を採る櫨(はぜ)の他に食べられるウルシ科の植物もある。マンゴー、ピスタチオ、カシューナッツなどもウルシ科。


☆漆の歴史
縄文時代前期約5500年前の遺跡から、漆を塗った櫛(くし)や盆が出土している。縄文時代後期には、土器、弓、装身具などの塗料に使われていた。

日本書紀には、漆部造兄(ぬりべのみやつこあに)という人物の名前があり、漆製作のグループがあったと思われている。

日本最古の法律と言われる「大宝律令(たいほうりつれい、701)には、大蔵省の管理下に漆部司、漆部が置かれていた。

正倉院文書では地方に漆部があったと記載があり、正倉院宝物の中には、様々な漆技法を使った楽器や調度品が残っている。


☆漆の種類
樹液成分
○ウルシオール
日本、中国、朝鮮半島。

○ラッコール
台湾、ベトナム。

○チナオール
タイ、ビルマ。

上質なのは、ウルシオール。


☆上杉鷹山(うえすぎようざん)
米沢藩主の上杉鷹山(治憲はるのり、1751−1822)は藩財政を立て直した名君として誉れ高い人物。だが、その財政再建も大変なものだった。竹俣当綱(たけのまたまさつな)の提案した財政改革案「樹養篇」により、漆100万本を植え蝋を採って売ることにした。だが、西日本で櫨から採れるハゼロウが市場に出回り、米沢の漆蝋は「悪蝋」と呼ばれあまり相手にされなかった。

和ろうそくは、石川県七尾の和ろうそく(ハゼロウ)会津の絵ろうそくが民芸品として残っている。


☆漆器(しっき)
漆器とは、漆を塗った木製の器。漆はプラスチックにも塗れる。英語で漆器は「japan(jは小文字)」中国のChinaとchina(陶器)と同じ。


☆烏帽子(えぼし)
元服した男性がかぶった帽子。烏(からす)と言う字が使われるのは、黒漆で塗ると、烏のように黒くなることから。

漆が黒くなるのは、ウルシオールラッカーゼと言う酵素の働き、酸化して黒く乾燥する性質がある。


☆漆黒(しっこく)
漆黒の闇とは、漆で塗ったように暗い夜。漆黒の髪は、黒くて艶のある髪。

漆黒は今はすでに死語となっている。現在は山奥にでも行かなければ、漆黒の闇はないし、髪は茶髪…。


☆蝌蚪文字(かともじ)
蝌蚪とは、中国の古体篆字(てんじ)で、おたまじゃくしのこと。竹筒に漆文字を書くと、漆に粘り気があるので、文字の線の最初が大きく末端が細くなる。それがおたまじゃくしに似ているところから。


☆漆
大字(だいじ)数字の、壱、弐、参…は、領収書や小切手などを書き換えられないために使用される漢数字。この大字の「七」は「漆」


☆柿漆(ししつ)
渋柿のこと。このシブを和紙で作ったうちわ、傘などに塗っていた。今は酒の清澄剤に使われている。主成分はシプオールと言うタンニンで、高血圧、脳卒中の後遺症にも使われる。


☆下瀬火薬
日露戦争で純粋なピクリン酸を使った爆薬のこと。ピクリン酸は反応が敏感で、砲弾に装着すると弾に使われている鉄と化合して、輸送や発射衝撃ですぐに爆発してしまう。そこで、下瀬博士が考えたのが、弾体の内部に漆を塗って、鉄とピクリン酸の反応を防ぐと言う方法。


☆漆喰(しっくい)
消石灰を結合剤とするモルタルや塗り壁のこと。この漆喰は当て字。
「しっくい」は「石灰」の唐音読みからで、漆とは関係ない。


☆カシュー塗料
カシュー樹の実から採れる油状物質(カシューナットシェルオイル)を原料として、科学加工したものを、カシュー塗料と言う。漆とよく似ているため、漆の代用品となっているが、耐久性、耐薬品性は劣る。


☆三度笠とヤクザ
これは以前も取り上げたけど、ヤクザの定番スタイル、縞の合羽に三度笠は元は飛脚が考案したもの。あの平たい笠は全天候型笠で、漆が塗られている。飛脚が江戸と大坂を月に三度往復することから、三度笠と呼ばれた。そのスタイルをヤクザがパクったもの。


☆漆の歴史の続き
鎌倉時代になると、浮き彫りの彫刻に漆をかけた「鎌倉彫り」が考案され、蒔絵の基本的技巧が完成。室町時代には堆朱、安土桃山時代には、平蒔絵に 梨地が、江戸時代になると、会津塗、輪島塗、津軽塗が盛んになる。

○蒔絵(まきえ)
漆で文様を描き、乾かぬうちに金銀粉、色粉などを巻いて付着させる技法。

○堆朱(ついしゅ)
朱漆を厚く塗り重ねて紋様

○梨地(なしじ)
漆面に金銀の梨子地粉をまき、その上に透明な梨子地漆を塗って、粉を解きださず 漆を透かして見せる技法。 梨の皮に似ているところから

○螺鈿(らでん)
夜光貝やアワビなど、真珠光を放つ貝殻を紋様に切って、生地や漆塗りの面にはめ込んだり、貼りつけたりしたもの。


☆漆の日(11月13日)
漆製法、漆器製造は縄文時代から行われてきた。だが、その頃の漆技術は、まだ未完成の状態であり、そのことを憂いた文徳天皇(もんとくてんのう、827−858)の第一皇子、惟喬親王(これたかしんのう)は、漆技術の向上を願って、法輪寺に参篭(さんろう)本尊の虚空蔵菩薩(こくうぼさつ)に教示を受けて、技法が完成。親王はそれを国中に広めた。親王の参篭満願の日、11月13日には報恩講(漆祭り)がおこなわれる習わしが現在も続いている。

ちなみに、継ぎ漆の「コクソ」は、虚空蔵が訛ったもの。


芸術品からヤクザまで、漆は素晴らしいです。

でも、私たちが普段目にしているのは、カシューナッツ塗料でしょう。











































ラベル:漆器
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2010年11月03日

(水)東洋の薔薇が咲く時!

日本にも素晴らしい国産の油があります。

花もきれいで、良質の油がとれる。それは椿。

では「椿象」は何と読むでしょうか。
ヒント:花ではなく、似ても似つかない虫。答は最後に。


☆椿の語源
椿の語源は葉が厚いので「厚葉木(あつばき)」葉に艶があるので「艶葉木(つやばき)」が訛ったもの。

古くは神の依代(よりしろ)ともされ、春を告げる木として「椿」の字が与えられた。依代とは、神霊が寄り付く対象物のことで、神体や神域を示すこともある。

ちなみに、中国語で椿は「芳椿(ファンチェン)」と言う春の野菜。椿は「山茶」「茶花」


☆椿の原産地
学名カメリア・ジャポニカ(Camellia Japonica)原産地は長崎県久賀島。

18世紀イエズス会の神父、ゲオルク・ジョセフ・カメルが椿をヨーロッパに紹介。スウェーデンの植物学者、カール・フォン・リンネがカメルにちなんで、椿をカメリアと名付けた。リンネは植物分類学の父と呼ばれている。


☆東洋の薔薇
ヨーロッパに椿が伝わると「東洋の薔薇」として、人気を集めた。デュマの作品に「椿姫」がある。


☆椿の仲間
普通目にする椿は、ヤブツバキ。北海道を除く日本全土に分布している。鹿児島県屋久島だけに咲く、リンゴツバキ。日本海沿岸に咲くユキツバキがある。

山茶花(さざんか、学名Camellia sasanqua、日本原産)花びらは1枚ずつ散る。お茶もツバキ科ツバキ属。


☆鳥媒花(ちょうばいか)
椿は昆虫ではなく鳥に受粉をさせる鳥媒花。鳥が頭を突っ込んでも大丈夫なように、雄しべも下の方で固まり、他の花に比べても丈夫な作りになっている。なので、散る時も花はバラバラにならず「ポトッ」と落ちる。


☆観賞用
鎌倉時代から室町時代に、椿は観賞用の花として好まれてきた。室町時代から安土桃山時代には、公家、僧侶、武士の間で茶道、華道が盛んになり、特に花の無い冬に咲くので椿が愛用された。また、徳川2代将軍秀忠は無類の椿好きで、椿をモチーフとした珍品奇品のコレクターとして知られている。


☆椿と武士
椿の花は頭から落ちてしまうので武士には嫌われていたと信じられているが、むしろ潔い花と武士にも愛されていた。

では、どうしてこのようなことになったのかと言えば、幕末から明治にかけて、このどうしようもない流言がまん延にしたからにすぎない。それが現代も信じられている…。


☆椿油
椿の実から採れる椿油は「日本のオリーブオイル」と呼ばれる。遣唐使の献上品としても使われていた。

椿油の脂肪分は、人間の皮ふから分泌される脂肪にきわめて近く、日本人の皮ふや髪になじみやすい。その脂肪分も60パーセントと高い。他の油の脂肪分は、菜種油30パーセント、ヒマワリ油24パーセント、コーン油5パーセント、ごま油5パーセント。

サラダ油が日本に普及する以前の長崎県五島では、椿油が普通に食用にされていた。


☆山茶花(さざんか)
もとはサザンカではなく「サンサカ」と呼んでいた。その仮名がいつのまにかひっくり返った。また、仮名がひっくり返ったのは、サザンカだけではない。

○秋葉原
秋葉原は1869年明治2年、東京が大火に見舞われたので、当時の東京府が9千坪の火除け地を作り、翌年遠州(静岡県)から、火除けの神「秋葉大権現」を勧請し、鎮火神社が祭られた場所。なので「あきばはら」が正しい呼び名。それがいつのまにか「あきはばら」となってしまった。


☆椿事
滅多にない驚くようなことを椿事と言う。
1.「椿事」の元の漢字は「樁事」と言う字で、出来事を数える言葉。「春」の下が「日」ではなく「臼」で読みも「しょう」この「樁」が「椿」と混同されたと言う説。

2.「ちんじ」と発音する言葉に「闖事」がある。門に馬が現れればびっくりするに違いないけど、それがなぜか「椿事」となる。

3.「荘子」には「大椿(だいちん)」と言う古い伝説上の大木が出てくる。八千年の春と八千年の秋と三万二千年が、人間の1年に当たると言う樹木。この大木が花を咲かせるのはそれこそ滅多にないことから「椿事」と書いて、滅多にない珍しいことの意味になった説。

ちなみに、長寿のことを大椿の寿、椿寿と言う。


☆椿を詠んだ歌
万葉集  坂門人足(さかとのひとたり)
「巨勢山(こせやま)の つらつら椿 つらつらに
       見つつ偲(しの)はな 巨勢の春野を」

(巨勢山の椿の木を、つくづくと見入りながら偲ぼうよ。椿の花咲く巨勢の春の野を)

松尾芭蕉
「落ちざまに 水こぼしけり 花椿」


西欧で、素晴らしい花やオイルが、以下に称えられようとも、日本のように「風情」とはならない…。


「椿象」の読みは「カメムシ」でした。
どうしてこの字が与えられたのかわかっていません。

明日も日本の伝統工芸品です。




ラベル:椿 山茶花
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2010年11月02日

(火)ペリドット・橄欖

と言う訳でもないけど、そんな訳で、今日はオリーブの話を少し(事の次第は昨日のブログで。さっぱり詳しくないけど)


☆オリーブ
オリーブとはモクセイ科オリーブ属の常緑高木。原産地は地中海沿岸地方。日本へは文久年間(1861-1864)に伝わった。


☆オリーブオイル
人類史上最古の食用油。6.000年前から食べられている。ホメロスが「黄金の液体」と称えた。

オリーブは冬の時期に実をつける。油分を多く含んだ実で動物を誘う。冬は食べ物の少ない時期だけに動物に好まれている。

英語のoilはオリーブの木を意味するギリシャ語のelai a oliveが語源。


☆ノアの箱舟
旧約聖書のノアの箱舟。ノアは一向に引かない洪水の中で鳩を放す。その鳩がオリーブの小枝をくわえて戻ってきた。ノアは陸地が近いことを知る。そして、現在のトルコとアルメニアの国境にそびえるアララト山の中腹にたどり着く。

ノアの鳩は「はと座」してオリオン座の足の下の「うさぎ座」と並んでいる。1627年に作られた新しい星座。

オリーブを加えた鳩は、タバコのピースの図柄になっている。1946年に第二次世界大戦が終結したのを記念して「ピース」と名付けられた。しかし、ピースは大正9年の第一次世界大戦の終結の記念として出されたものもある。

平和と言う意味で、国際連合の旗にオリーブが採用されている。


☆アテネ
ギリシャ神話のゼウスの頭から武装した姿で出現したとされる、知恵の神アテーナーはフクロウを聖なる動物とし、オリーブを平和の象徴としていた。アテーナーは都市アテーナイ(アテネ)支配権をめぐり、ポセイドンと争った時、アクロポリスの上にオリーブを生じさせたことにより勝利し、都市の名もアテーナイとなった。ギリシャの国花はオリーブ。


☆古代オリンピック
第1回の古代オリンピックは紀元前776年に開催された。勝利者にはオリーブの冠と犠牲獣(牛)の肉が与えられた。


☆橄欖石(かんらんがん、Olivine、オリビン)
オリーブは漢字で橄欖と書く。だが、これは勘違いから生まれた漢字。
橄欖石の語源はラテン語のオリーブから。石の色がオリーブ色(濃緑色)をしているとこから、1790年にウェルナーが命名。

オリビンを橄欖石と訳したのは日本人らしい。カンランはベトナム原産の東南アジアで栽培されているカンラン科の果木。幕末の頃にその実だけを見て同じものと誤認そされたため、オリーブにこの漢字が当てられ、そのままになっている。

橄欖石は宝石名をペリドットといい、8月の誕生石。


☆金木犀(きんもくせい)
英語で木犀はa fragrant olive(香りのあるオリーブの意味)この香りは木が虫を寄せ付けないための匂い。

金木犀は雌雄異株で、日本へ入ってきたのは花がなく、香りの強い雄の木ばかりなので、日本では金木犀の実を見ることはできない。


☆1ドル紙幣
1ドル紙幣の表は初代アメリカ大統領のワシントン。裏は右に国鳥、白頭鷲が描かれ、その右足には、平和のシンボル13本のオリーブの小枝。左足には戦いのシンボル13本の矢をつかんでいる。13はアメリカ独立当時の州の数。 


☆スタッフドオリーブ(stuffed olive、詰め物をしたオリーブ)
カクテルの王、マティーニ(Maytini)の名前の由来は、1910年、マティーニ・ディ・アロナ・タッジアと言うバーテンが作ったカクテル。マティーニにつきものなのがスタッフドオリーブ。オリーブの種を抜いて詰められているのは赤ピーマン。ちなみに、カクテルの女王はマンハッタン。


☆オリビア
オリビアはオリーブの別名。オリーブは女性名でもある。ポパイの恋人がオリーブであるところから、やせた女性を「オリーブ」と呼んでいたことがある。1999年、ポパイとオリーブは70年越しの恋を実らせ、ついに結婚。


☆オリーブの首飾り
今はマジックの定番曲となっている、ポール・モーリアの「オリーブの首飾り」最初に使ったのは、松旭斉すみえ。


明日は和製オリーブオイルです。













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2010年11月01日

(月)クリスとアンとシモンを、着てみれば…

花を着ましょう。

菊は奈良時代に中国から渡来。

☆菊の語源
菊は漢名の「菊」を音読みしたもの。
「菊」の本字は「草かんむり」に「鞠」丸い花が咲く草の意味。

「菊」の字源は、散らばった米を一カ所に集めるの意味。菊の花弁を米に見立てたところから。
漢名の「菊」は、究極、最終の意味を持ち、1年の1番終わりに咲く花であるところから名づけられた。


☆キク科
キク科の植物は約2万種。南極を除く、全世界にその分布を広げている。主なキク科の植物に、ヒマワリ、タンポポ、ゴボウ、ヨモギ、レタス、金盞花(きんせんか)エーデルワイス、コスモス、カモミール、アンティーチョーク、マリーゴールド、マーガレット、紅花、アザミなどがある。


☆原産地
キク科キク属の花は、中国のハイシマ寒菊と朝鮮野菊が中国で交雑したものが品種改良して、園芸用の菊になったと言われている。


☆chryanthemun(英語の菊)
語源はギリシャ語のchrysanthemon(chrys-金の+anthemon花)から。イギリスでは、「菊の中には、クリスとアンとシモンと言う3人の少女がいる」と覚える。


☆菊を詠んだ歌
万葉集  生玉部足国(いくたまべのたりくに)
「父母が 殿の後方(しりへ)の百代草 百代いでませ わが来るまで」
 百代草は菊のこと

古今集、百人一首 凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)
「心あてに 折らばや折らむ 葉はしもの 置きまどはせる 白菊の花」

金塊和歌集  源 実朝
「ぬれて折る 袖の月影 ふけにけり 籬(まがき)の菊の 花のうへの露」

松尾芭蕉
「菊の香や 奈良には古き 仏達」


☆重陽の節句
五節句の一つ。一番大きな陽数である九が重なる陰暦の九月九日。中国では古くからこの日に菊の花を酒に浸して飲む。この菊酒は邪気を払い、長命を願う風習からはじまった。

ちなみに五節句とは。
人日(じんじつ) 1月7日
上巳(じょうみ)  3月3日
端午(たんご)   5月5日
七夕(しちせき) 7月7日
重陽(ちょうよう)9月9日


☆十日の菊
菊は重陽の節句には欠かせないものだけど、十日になるともう用済み。時期遅れ。5月5日の「六日の菖蒲(しょうぶ)」も同じ意味。二つ合わせて「六日の菖蒲、十日の菊」とも言う。


☆菊人形
細工した菊の花や葉を衣装とし、芝居や伝承の名場面を見せる、人形のこと。

江戸時代、巣鴨、染井の植木職人が、参拝客に菊細工を見せたのが始まり。染井は桜の品種、ソメイヨシノでも知られている。明治に入ると、団子坂(文京区千駄木)に移り、秋になると団子坂の両側に、菊人形の小屋が立ち並んだ。


☆スプレー菊
伝統的な日本菊は1本の茎に1個の花をつける。それが1本の茎から多くの花が放射状に咲くスプレー菊は、栽培の途中でつぼみを摘み取られないで、1本の茎から多くの花が咲くように改良された菊。1940年代にアメリカで生まれ、第2次世界大戦後にヨーロッパに広まり、日本へは1974年にオランダから伝わった。


☆食用菊
観賞用の菊の花より、苦味が少なく甘味がある。ゆでておひたしや酢の物、ごま和え、てんぷら、吸い物なとに利用できる。

○阿房宮(あぼうきゅう)
黄色の小菊、八重咲き。刺身などの飾りに利用。

○もってのほか 
明るい赤紫色の中菊、八重咲き。山形県の特産、酢の物などに利用。「もって菊」とも呼ばれている。


☆菊石
菊石とはアンモナイトの化石。アンモナイトの全体が菊のように見えるとか、縫合線の形が菊の葉に似ているとか言われ、菊面石、菊明石の名前もある。

ちなみにアンモナイトの語源は、古代エジプトの太陽神、アモン・ラー(牡羊の姿をしている)の巻いた角の形から。


☆菊判(きくばん、菊版)
用紙の旧規格寸法の呼び名。9.33p×63.6pこれを16折にした22p×15p(A5判より少し大きい)の書籍も同じように呼ばれる。初めて輸入されたときに菊の花の商標が付いていたことから。


☆菊割れ
炭は断面の亀裂から締まり具合がわかる。一般的に黒炭の亀裂は細かい物が良く、白炭は亀裂が無い方がいい。茶の湯用のクヌギの黒炭は断面が菊花状に細かく割れるのが良質と言われる。これを菊割りと言う。

もう1つ、流し台の排水口のゴムのふたも菊割れと言う。中央から放射状に切れ目が入っている。


☆検事のバッジ
正式名称は検察官記章と言う。菊の花弁の真ん中に旭日があしらわれたデザイン。この形が霜と の組み合わせに似ているところから、検事の職務の理想像と相まって「秋霜烈日(しゅうそうれつじつ)のバッジ」とも言う。


☆秋明菊(しゅうめいぎく)
菊と名前が付いているが菊ではなく、アネモネの仲間。英語ではジャパニーズ・アネモネ。古くは中国から修行僧が持ち帰り、日本で野生化。秋に菊に似た花を咲かせるところから、黄泉の国の秋の菊と言う意味の「秋冥菊」と呼ばれていたが「冥」が暗いイメージなので「明」と言う字が使われるようになった。京都の貴船で多く栽培されたことから、貴船菊の別名がある。でも、あまり、菊に似てないけど…。


☆菊戴(きくいただき)
スズメ目ヒタキ科の鳥。小柄で体の上面はオリーブ色。雄の頭頂は橙黄色で菊の花に似ているところからこの名前が付いた。菊を頭に戴く。


ということ?????で、明日は「オリーブ」のことを書きます。

もう、無茶ぶりもいいところ。我ながら、呆れてます…。































ラベル: 菊人形
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2010年10月31日

(日)赤くて、青くて、黒い、バラバラ事件

きれいなものには刺がある…。

☆薔薇(ばら)の語源
バラとは刺(とげ)のある植物の生殖器。

「ばら」は和語で、「いばら」が転訛したもの。漢語の「薔薇」の字が当てられた。薔薇には「そうび」「しょうび」の読みがあり、漢語には「玫瑰(まいかい)」の異称もある。

「本草網目」にも「しょうび」とは、蔓(つる)や垣根にもたれかかる意味の「牆靡(しょうび)」に由来すると記載されている。その呼び名が日本に伝わったもの。

「源氏物語」「枕草子」にも「さうび(そうび)」が出てくる。このバラは「庚申(こうしん)バラ」で、別名を長春バラと言う。

庚申バラとは、四季咲き(Chinese rose)の中国名「月季(はな)」の和名。中国では蔓性で小さな花の野生バラを指して、バラと言っている。

バラは中国やチベットからヨーロッパ、中近東など各地へ伝わった花。その人気が高く品種改良が重ねられ、花の中で最も数多い品種がある。その中に日本産のバラも3種あり、はまなす(Japanese rose、バラ科)もその1つ。


☆青いバラ
バラには青い色素(デルフィニジン)を作る能力がない。そこで青いバラを作る研究開発が重ねられてきた。2004年に日本サントリーとオーストラリア・フロリジン社との共同開発により一応「青いバラ」は成功…。

それは「青(Blue)」と言うより、薄紫、薄青紫と言った方がいいくらいの青。「BLUE ROSE」は「不可能」の意味を持つ言葉。


☆黒いバラ
パパメイアンと言う品種。こちらも黒と言うより、暗赤色。


◆バラに関する言葉
☆under the rose
直訳すれば「バラの下で」ギリシャ軍がバラ園で作戦を練って、ペルシャ軍に勝利したことから、ラテン語の「sub rose(バラの下で)」が「秘密」の意味に使われた。

ローマ人には、天上から1輪のバラを吊るしたり、宴席の天井にもバラの絵や彫刻を施し、そこで話したことや出来事は外に漏らさない約束がある。「under ths rose」には「秘密に、内緒に」と言う意味がある。


◆雑
☆アドニス(Adonis)
ギリシャ神話の美の女神、アフロディアに愛された美青年、アドニスは刈りでイノシシに突き殺される。その時流れた血から、アネモネの花が出来た。

また、アフロディアが駆け付ける時、イバラで足を傷つけ、その血で白バラが赤く染まったとも、アフロディアの血の涙で白バラが赤く染まってとも言われている。


☆バラの母
ナポレオンの妃、ジョゼフィーヌは、夫が戦争中でも敵国とバラの情報交換をするほどのバラ好き。また、ヨーロッパのみならず、中古具や日本からもバラを取り寄せ、そのバラ園はジョゼフィーヌ亡き後も品種改良が行われ、今日のバラの基礎となり、ジョゼフィーヌは「バラの母」と呼ばれている。


☆買笑花(ばいしょうか)
前漢の武帝の寵姫(ちょうき)麗娟(れいけん)は「顔は花のごとく、声は玉のごとく、身体はほっそり、吐く息は香気蘭の如し」と言われたほどの美女。ある日、2人で散歩をしている時、美しいバラが咲いていた。

武帝「佳人が笑ったように美しい花だ」
麗娟「花は買うことが出来ますが、人の笑いは買えません」
武帝「金で買えないものはない、笑いも買える」
麗娟「では、金百斤で私の笑いを1日お買いください」

買笑花はバラの別名。


☆フラメンコとバラ
日本人はフラメンコと言えば、バラをくわえて踊ると言うイメージを持っているが、フラメンコは激しい踊りでバラなどくわえて踊れるものではない。

そのイメージはオペラ、カルメンからのもの。だが、本場スペインのカルメンではバラではなく、カシ―と言う黄色い花。日本名が房アカシア(別名、ミモザ)この花が手に入りにくかったことから、70年ほど前、オペラ歌手の佐藤美子がバラを使ったのが最初。


☆ロードス島
地中海にある島。バラの咲く島と言う意味。古代ローマ時代にはアテネと並び称された哲学の最高学府があり、キケロ、カエサル、ブルータス、ティベリウス帝も若いころここで学んだ。太陽神ヘリオス像で有名。


☆バラ戦争(1455へ1485)
15世紀後半のイギリスのランカスター家(紅バラの紋章)とヨーク家(白バラの紋章)との王位争い。ランカスター派のヘンリー=チューダー(ヘンリー1世)が勝利。チューダー王朝(1485~1603)となり、ヨーク家のエリザベスと結婚。内乱は治まる。その時の紅白の紋章を組み合わせたのが、チューダーローズ。現在もイギリス皇室の紋章となっている。バラはイギリスの国花。


☆ローズヒップ
ハーブティーの名前。ドッグローズと言う野イバラの実。別名ビタミンCの爆弾。ビタミンCはレモンの約7倍。


☆バラ色
シャンソンに「バラ色の人生(La vieen rose)」と言う歌がある。くだいて気にバラ色と言う色はないが、淡紅色やピンク系の色とされている。


☆砂漠のバラ
平板状の石こうの結晶が幾重にも集まって、バラの化石のように見えるところから。


☆ロジウム
原子番号45番の元素。1804年、イギリス人のウォラストンが発見。化合物の水溶液がバラ色をしていたので、ギリシャ語の「バラ」から名づけられた。


☆バラ風呂
クレオパトラがバラの花びらを浮かべ、バラの花精油を入れた風呂。また、クレオパトラは当時金の何倍もした高価なバラ香水もふんだんに使っていた。


☆茨城県
「常陸国風土記(713年)」に黒坂命(くろさかのみこと)が「穴」に住み人々を脅かす盗賊の佐伯(さえき)を滅ぼすため、穴にうばらを仕掛け、城(き)にも敵を防ぐため、うばらを使ったと言う話が載っており、常陸国(現・茨城県)は茨城(うばらき)と言う地名が県名の由来となっている。


☆三大花卉(かき、観賞のため庭などに栽培する花)
菊、カーネーション、バラ。


刺があっても、いえ、刺があればある程、近づきたい?

誰でも痛い目に合わないと、その痛さがわからない…。




















































ラベル:薔薇 バラ
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2010年10月30日

(土)エロいけど、何か?

葉と言えば、花。そんな花からの怪しい誘いに、のってみます?


☆花の語源
花の語源は諸説ある。
1.花は美しく、目を引くことから、ものの突き出た先の意味の「端(はな)」

2.開く意味の「放つ」の「はな」

3.「葉」に接尾語の「な」が付いた。

4.「早生(はやくなる)」の意味の「春成(はるなる)」から。


☆花の字源
草が化ける?化ける草?ではなく「漢字源」には「つぼみが開き、咲いて散ると言うように、著しく姿を変化させる植物の部分」とある。姿を変化させるので、変化の「化」が当てられた。


☆花とは
花とは葉が変化したものであり、花はその植物の生殖器官。花には裸子植物と被子植物があり、裸子植物は主にスギ、ヒノキ、などの針葉樹を指す。被子植物とは普通に見られる花。被子植物の誕生は約1億3千万年前の白亜紀前期。つまり、恐竜の時代。恐竜の絶滅も、この植物の変化についていけなかったからの説もある。


☆花と華
現在は「花」は植物の花をさし「華」は華やかな意味で使われている。


◆花にまつわる言葉
☆花子
日本の女の子の代表的な名前となっているけど、中国語では乞食。


☆散蓮華(ちりれんげ)
中華料理を食べる時のスプーンに似たもの。散った蓮華の花に似ているところから。今は単に蓮華と言う。


☆カ氏(華氏)
温度計の「F」で表わされアメリカなどで使われている単位。ドイツのファーレン・ハイト(G.D.Fahrenheit)が提唱。中国表記では「華倫海」となり、花の中国読みは「ファ」であるところから。


☆フィレンツェ
古い名前は花の都を意味する、フィオレンツァデから。サンタ・マリア・デル・フィオーレ(Santa Maria del Fiore:花の聖母教会)はここから来ている。


☆花の王、女王
中国では、牡丹が百花の王で国花となっている。古代ギリシャではバラが花々の王であり、イギリスもバラを花の女王としている。

キングプロテアは南アフリカの国花で、花の王。アロマオイルに使われる「イランイラン」はタガログ語で「花の中の花」の意味。


☆ヨウ素(indine)
すみれを指すギリシャ語のionから。ヨウ素の蒸気がすみれの色に似ている。


☆アジスアベバ
エチオピアの首都。現地の言葉で「新しい花」


☆高嶺の花
高い峰に咲いている花は姿は見えても手に取ることはできない。見ているだけで手に入らないものの例え。


☆壁の花(wallflower)
パーティなどで1人ぼっちのこと。英語の訳そのままの言葉。

だが、wallflowerは実際の花の名前。日本名は、匂紫羅欄花(ニオイアラセイトウ)その名前の通り、実際に壁や絶壁に自生。中世の吟遊詩人や騎士がこの花を好んで飾った。

ちなみに、ニオイアラセイトウの名前の由来は、紫羅欄花(アラセイトウ)にの花に似ていて、葉に匂いがあることから。花は黄色。

もう1つちなみに、紫羅欄花の名前の由来も、葉がラセイタ(ポルトガル語、毛織物の一種raxa)に似ており、葉ラセイタ→アラセイト→アラセイトウに変化したもの。


◆花の名前の語源
☆アイリス
ギリシャ語のイリス(虹)

☆グラジオラス
ラテン語の「小さな剣」花では葉の形から。


☆チューリップ
トルコ語のターバンtulbent。16世紀トルコ駐在の神聖ローマ帝国大使ピュスベクが、チューリップの花を見て「何と言う花か」と通訳に尋ねた時「ターバンに似た花」と答えたのを、花の名前と勘違いしたことによる。


☆カーネーションcarnation
カーネーションcarnationはラテン語の(carn:肉+ation)が入っている。花が肉色をしていることから。

○同じラテン語のcarnを持つ語
カーニバルcarnival(carne:肉+levare=肉を取り上げる)
ツインカーネーション(reincarnation)は輪廻転生。


☆朝顔
朝の容花(かおばな)の意味。容花とは美しい花のこと。朝に咲く美しい花。江戸時代には庶民の間で朝顔の栽培が大流行した。夏の花のイメージが強い朝顔だが、俳句では秋の季語。

金魚鉢の口の部分が波打っているのは、朝顔の花をモデルにしたもの。明治時代には朝顔も金魚も大流行している。


☆菫(すみれ)
大工さんの使う墨入れ(墨壺)から。すみれの花の元の方の距(きょ)と呼ばれる、中に蜜腺のある袋状の突起の形が、墨入れに似ていたから。

花は蜜をエサにして花粉を運んでもらう。しかし、他の種類の花に飛んで行かれたのでは蜜のただ飲みに終わってしまう。そこで、特定の昆虫だけに蜜が飲めるように、その形状を特化した花もある。すみれも口の長い昆虫だけに蜜が届くように距が長くなっている。


◆雑
☆花言葉
これは当てにならない。花のイメージは国によっても違うし、その著者の主観が入るので、あまり気にしない方がいい。女性に花を贈る場合、その人の好きな花を贈るのが一番。


☆花の命
「花の命は短くて苦しきことのみ多かりき」と言ったのは、林芙美子。でも、これは昔の話。

現在の花たちの命は長い…。

なかなか枯れない。いえ、雄花も枯れない。

人は死ぬまで花なんです!



花とは、恐竜などものともせず、恥ずかしげもなく生殖器を巷間にさらし、その匂い、形、色で昆虫をおびき寄せ、蜜を与える代わりに花粉を運ばせる。さらに果実を哺乳類に食べさせることによって、種の拡大を図ろうとしている。つまり、地球征服を狙っている。

その手段はエロ。

地球征服にとって邪魔な者。それは、人間!

くれぐれも、きれいな花にはご用心を…。















ラベル:
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2010年10月29日

(金)隠れても高い、葉隠のすごさ

木より高いものがあった。それは葉。

葉のない木も調べればあるかもしれないけど、また、季節によって葉を落とす木もある。それでも木や草にとって葉は大切なもの。いや、花びらも雌蕊(めしべ)も雄蕊(おしべ)も葉が変形したもの。果実も葉に由来する。葉(leaf)とは、植物が持っている光合成や呼吸を行う器官。

そして、樹冠と呼ばれる木のてっぺんにあるのも、葉。葉は木より高いところにある…。


☆言葉の語源
言葉とは「言」+「端」が合わさった文字。古くは言葉を表す語「言(こと)」が一般的で「ことば」と言う語は少なかった。「言」には「事」と同じ意味があり「言」が「事」になるような重い意味を持つようになってしまい、そこから「言」に1本の木に葉がたくさんあるように、軽い意味を持たせようとした。

そこで「言」に「端(は)」を加えて「ことば」になり、その後は「言葉」「言羽」「辞」が使われ、その中でたくさんの意味を表した「言葉」が残り「ことば」にも「言の葉」の意味が含まれるようになり、「言葉」は言語の意味も持つようになった。


☆四つ葉のクローバー(clover)
クローバーはマメ科の多年草。和名「白詰草(しろつめぐさ)」白詰草の名前の由来は、江戸時代弘化年間(1840~1848)オランダからガラス器(ギヤマン)を輸送するとき、壊れないように乾燥したクローバーが梱包材として詰められていた。花が白いところからこの名前が付いた。

四つ葉のクローバーは幸運のシンボルとされている。四つ葉は十字架を表し、夏至の前夜に積んだものは、薬効や魔除けの力があるとされている。

イラストなどで四つ葉のクローバーを描く時、葉がハート形になっているけど、クローバーは丸葉。葉がハート形なのはカタバミで三枚葉。


☆桜餅
享保2年(1717年)に浅草長命寺の門番、山本新六が考案した餅。隅田川の桜の落ち葉の掃除に悩まされていた新六が、この落ち葉を何かに利用できないものかと考えだしたもの。


☆柏餅
米などを蒸す甑(こしき、蒸篭のようなもの)に葉を敷き、その上に材料を載せ調理した。古代、柏の葉は器として用いられ、料理人のことを膳夫(かしわで)と言った。

柏餅の起源は鎌倉時代から。葉が、かぶとの形に似ていることから、端午の節句と結び付いた。


☆ミルフィーユ(millefwuille)
千枚の葉。ミル=1000。フィーユは葉や片を表すフランス語。


☆紅葉
もともとは「もみつ」と言う動詞で、色が付くと言う意味。もみつ⇒もみち⇒もみぢ⇒もみじと変化したもの。また、鮮やかな色が「揉み出づ」の説もある。

現在はカエデの紅葉をさすことが多い。昔は色づく葉をすべて紅葉と言った。万葉集には「黄葉」の表記の方が多い。

○黄葉の仕組み
黄葉の元は黄色の色素、カロテノイド。葉に含まれている緑色素の葉緑素が強いので目立たないが、秋になるとクロロフィルが分解され、カロテノイドが優勢になる。イチョウ、ブナ、ナラ。

○紅葉の仕組み
紅葉の元はアントシアニン。アントシアニンは糖と結合して葉の中に形成される。落葉時になると葉の根元に離層(りそう)と呼ばれる細胞層が出来、この糖類は離層を通過しにくいため、葉に蓄積されて赤くなり、やがて、葉は離層から切り離され落ち葉となる。ウルシ、ナナカマド、カエデ。

江戸やその周辺の豆腐屋の看板にも「もみじ」が使われていた。もみじ=紅葉=こうよう=買うようのシャレ。買ってほしいのは豆腐屋に限った事ではなく、どの店でも買ってほしい。そこで、川柳に「とうふにもみじこれといういわれなし」と皮肉られている。 


☆蓮っ葉(はすっぱ)
今はあまり使われない言葉。女の軽はずみな態度や浮気者のことを言う。蓮の葉が水をはじく様子や盂蘭盆(うらぼん)の供物を包むために使われ、盆が終われば水に流してしまうことから、蓮の葉は品質の悪いものの意味となり、きわものを扱う商いを「蓮の葉商い」と言った。このことから、素行の悪い女を「蓮っ葉」と呼ぶようになった。


☆葛の葉
古今集
「秋風のふきうらがへすくずのはのうらみてもなほうらめしき哉」

葛の葉は風が吹くと簡単にめくれ、また、強い日差しを避けるために葉が立ち上がる。すると裏がよく見え、葉の裏が白いのでよく目立つ。ここから、裏が見える→うらみと連想された。


☆根掘り葉掘り
細かくしつこく問いただすこと。


☆草葉の陰
昔は死者を山野に墓石など置かずに葬っていた。そこには当然、草が茂り、葉陰を落とす。草葉の陰とは死者が眠るところ、そこからあの世の意味になった。


☆葉緑素(クロロフィル)
葉緑素とはこの地球を生命あふれる星にしてくれた一番の功労者。数億年前光を利用して糖を形成する光合成細菌が発生。そして、それまで酸素が存在しなかった地球の大気に酸素を供給し始める。一方、光合成っ7最近の一部は他の大きな最近に取り込まれ共生を始める。ここに植物が発生する。やがて酸素からオゾンが生成され、紫外線を遮断する。それによって生物は陸上生活が出来るようになった。葉の緑色にはこんな歴史が刻まれている。


☆葉隠(はがくれ)
鍋島藩士、山本神右衛門常朝(つねとも、1659~1719)の話を、同藩士、田代陣基(つらとも)が聞き書きしたもの。

この「葉隠」は「武士道と云ふは死ぬことと見つけたり」で有名だが、それは全体を理解せず、この部分だけを取り出して武士道精神と曲解され、あるいは解釈されていることが多い。太平洋戦争中、特攻、玉砕、自決に利用され、今もこのように解釈している人がいる。

常朝自身「我人、生くる事好きなり(私も人である、生きることが好きである)」と後述しているように「葉隠」とは死を美化したり、自決を推奨する書物ではない。

イヤな上司からの酒の誘いをていねいに断る方法、部下の失敗をうまくフォローする方法、人前であくびをしない方法など、当時のビジネスマナーのマニュアル本に近いことが多く書かれている。

「葉隠」の由来
1.葉陰または葉影となって見えなくなることの言葉であるため、陰の奉公を大義とする説。

2.西行の山家集の葉隠の和歌に由来。

3.常朝の庵前に「はかくし」と言う柿の木があった。

4.「七年の間、木の葉院の草庵で語りつ聞きつした、樹陰の聞書」


三島由紀夫「葉隠入門」
黒鉄ヒロシ「葉隠 マンガ日本の古典」

仕事に中だるみを感じている人にお勧めの本です。


秋には落ち葉となって、風に飛ばされてしまう葉。
そんな葉の隠れた話でした。





















ラベル: 紅葉 葉隠
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2010年10月28日

(木)気になる、木曜日の木

陸地で山の次に高いのが、気(木)になる…。

木は立木の形からの象形文字。樹は木を植えると言う意味から、立木の意味。

☆木と草の違い
幹(茎)太いか細いかで区別。木は多年生で次第に幹が太くなる、とされているが、竹、椰子は学者の間でも意見が分かれて、未だにどっちつかず状態。

竹も椰子もそのままでいいような気(木)がするけど…。


◆木に関係した言葉
☆楓(かえで)
楓の語源はカエルの手に似ているところから「カエルデ」から「カエデ」になった。


☆アルプスの少女ハイジ
「アルプスの少女」は1925年大正14年に山本憲美(のりよし)によって初めて和訳された。その時の題名は「楓物語」ハイジの名前はなぜか楓と訳された。


☆杉
学名「Cryptomeria japonica(クリプトメリア・ヤポニカ)」日本固有の木。柔らかくて加工しやすいので古くから利用されてきた。その加工品は弥生時代の史跡からも出土されている。保温効果、調湿効果など、日本の気候に合った木材。現在はスギ花粉に悩まされている人も多いので、花粉の少ない杉の改良も始まっている。


☆柴
山野に生える小さな雑木のこと。柴と言う木がある訳ではない。


☆樹冠
木の上部の枝や葉が茂っている部分のこと。


☆紀伊の国
「木の国」の「き」が長音に発音されることから「紀伊の国」の字が当てられた。


☆蒲柳(ほりゅう)の質
生まれつき弱い体質のこと。川辺に植えられている柳は、風に揺れる様から何となく弱々しく感じられる。また、秋には真っ先に葉を落としてしまうのでそれも弱い意味に見られた。実際の柳はしっかり根を張るので、洪水で岸が崩れないために植えられた強い木。


☆上梓(じょうし)
昔の印刷は版木に彫ることから、梓の木は丈夫で材質が良く版木に用いられた。そこから、版木に文字を刻み本になることを上梓と言った。

同じ梓を使った言葉に「玉梓」がある。古くは便りのこと。便りを運ぶ使者が梓の杖を持っていたことから。


☆コンピューター(computer)
コンピューターは、計算するcomputeから。この言葉の語源はラテン語のcomputare(comが共に、putareが判断する)putareには木を剪定する意味もある。


☆木で鼻をこくる
このこくるは擦るの意味。現在の「括(くく)る」はこくるの誤用が慣用化したもの。


☆木っ端微塵(こっぱみじん)
粉々に砕けること。「木っ端」とは木の削りくずや切れ端のこと。そこからつまらないことの例えに。木っ端役人など。


☆枯れ木も山のにぎわい
現在は誤用がまかり通っている?
枯れた木でも山に趣を添えるもので、つまらないものでも無いよりはマシと言う意味なのに、大学生が飲み会に教授を誘う時に使う…。


☆榊(さかき)
さか(境)き(木)で、神が鎮座する地の境に植える木。


☆柳
矢の木、楊(や)の木。根が特殊で水に強い。銀座の柳も海に近く、地下水位の高い土地なので、他の木ではうまく育たなかった。また、まな板の高級品は柳の木。


◆変わった名前の木
☆この木何の木気になる木
日立のCMに出てくる木。別名「日立の木」とも言う。樹齢約120年、高さ25メートル、幅40メートル。ハワイ、オアフ島のモンキーポッドと言う木。サルがこの木の実を好んだことからその名前が付いた。マメ科サマネア属、おもな産地は中南米、西インド諸島。また、日の陰る雨降りの日には葉が閉じることから「レインツリー(雨降りの木)」の異名もある。


☆メグスリノキ(目薬の木)
学名Acer nikoense Maximowicz。「日光」の名前が入っている、本州、四国、九州のみに自生しているカエデ科の落葉高木。樹皮の煎汁を眼の洗浄に用いたことからこの名前が付いた。

戦国武将、黒田官兵衛(如水)の祖父、重隆が室町時代末期にこのメグスリノキから目薬を作り、黒田家の基礎を築くほどの財をなした。


☆コーラノキ(コーラの木)
西アフリカ原産アオギリ科の常緑高木。種子はコーラナッツと呼ばれ、カフェインを含む。古くからし好品であり、コーラ飲料の製造に使われている。


☆パンノキ(breadfruit、パンの木)
太平洋諸島原産クワ科の常緑高木。学名Artocarpus altilisはギリシャ語で「パンの果実」果実を焼くとパンのようになる。太平洋諸島では蒸し焼きにする。


☆インセンスシダー(エンピツの木)
北アメリカ原産ヒノキ科の常緑高木。繊維が真っ直ぐなのでエンピツの軸木や器械、土木用材に用いられる。エンピツで木目のあるのはこの木が使われている。


☆ユリノキ(百合の木(tulip tree))
北アメリカ東部原産モクレン科の落葉大高木。日本へは明治初期に入り街路樹や公園木に利用されている。百合の木の名前は花の形から。だが、英語名のチューリップの方が似ている。

チューリップは江戸時代後期に日本に入ってきたものの、普及には至らず、大正時代にようやく新潟市で本格的な栽培が始まったので、明治の人たちの多くはチューリップを知らなかった。


☆タビビトノキ(扇芭蕉、おうぎばしょう)
マダガスカル原産バショウ科の常緑高木。葉は芭蕉の葉に似て、柄が長く幹の先端に2列付いていて、ちょうど扇を開いたような形に見える。旅人が茎の部分にたまる水を飲んで、ノドの渇きを潤したところからこの名前が付いた。また、葉が東西に広がって生育するので、方位目印として利用されている。マダガスカルでは航空会社のマークになっている。


☆ハンカチノキ(ハンカチの木)
ミズキ科の落葉高木。白くたれ下っている総苞(そうほう)がハンカチのように見える。フランス人の神父・生物学者のアルマン・ダヴィットが初めて報告した。ダヴィットはパンダも発見している。


☆ナナメノキ(斜めの木)
モチノキ科の常緑高木。静岡から九州まで自生。モチノキ属の木の果実は一般的には球形なのに、ナナメノキの果実は楕円形、そのため長実(ながみ)の木がナナメノキとなった。


☆ナンジャモンジャノキ
もともとは関東地方で、その地方で見慣れぬ種類の大木をナンジャモンジャノキと呼んでいたもの。例としては、千葉県香取の神崎神社の楠の木。東京明治神宮外苑の「ひとつばたごの木」など。


☆バリバリノキ(バリバリの木)
クスノキ科の常緑高木。別名、アオカコツキ。葉や枝に油分を多く含み、バリバリと音をたてて燃えることから。


☆カンザブロウノキ(勘三郎の木)
ハイノキ科の常緑中高木。その由来もはっきりしない。


☆チドリノキ(千鳥の木)
カエデ科の落葉高木。カエデ独特の翼のある果実を千鳥の姿に見立てたもの。


☆バクチノキ(博打の木)
関東から沖縄まで分布するバラ科の落葉高木。葉を蒸留したものを「ばくち水」と言い、咳止めに用いられた。樹皮が絶えず剥げ落ちるので、バクチに負けて裸になることに例えられた。


なぜか、今日は木曜日。偶然。
でも、気にならない木もあったのでは…。
やっぱり、少し気(木)にしてほしい。




























































































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2010年10月27日

(水)それは、山々なんだけど…

陸の突起物。

海から上がって、陸でまず目につくものと言えば、高い突起物、山。


☆山とは
山とは、平地より高く隆起した地塊。岳は高くて大きい山。一説には、高くて緩やかなのが山。低くても険しいのが岳。


☆オリンポス山(ギリシャOlympos)
ギリシャ北部とテッサリアの境にある山。ギリシャ最高峰の山(2.917m)ギリシャ神話の主神、ゼウス以下12神が山頂に住んだ。

この山の名前をつけられたのが、火星のオリンポス山、太陽系宇宙最大の山。高さ78.000フィート、23.700m。地球で最も高いヒマラヤが8.850m。山の体積で見ると、ハワイで最も大きいマウナ・ロア山が4.200m(海底からの高さ、1.205m)それよりも大きく、体積も約75.000m。

ちなみに、マウナ・ロアとはハワイ語で「長い山」


☆富士山○○合目
日本一高い山、富士山。富士山の合目については諸説ある。

1.富士山は升に入れた米を移したような形をしていることから、升目を用いて一里を1合とした。

2.サンスクリット語で「却」が「合」に変化した。登山の苦しさを人生の苦難に見立て、その例えとして却数を1合目とした。

3.富士山の祭神、木花開耶姫(このはなさくやひめ)は女神なので、生命誕生の10カ月を10合に例えた。

4.富士山頂のことを御鉢と言い、仏教用語で、お供えの米を御鉢料と言うことから、米に例えられ「合」となった。

5.昔から洪水の水量で例えられる「何合何勺」を当てはめた。

その他にも道標に米を落としながら上り、1合無くなったところで1合目。夜間登山の時、ランプの油が1合無くなったところを1合目にしたとかあるが、これらは信ぴょう性に乏しい。さらに、登山にかかる時間を目安に印をつけた説。表側の村山口(現・富士宮口)と裏側の吉田口のすそ野の馬返しを起点の1合目とし、樹木の生えなくなる森林を5合目とし、頂上を10合目とした説。

どの説も確証はなく、特に江戸時代になると富士山へのレジャー登山が盛んになったため、レジャー登山者への配慮(サービス)目的と、遭難防止のためにつけられたものと思われる。


☆低い山
○自然山
徳島県方上町の弁天山(標高6.1m)

○人口山
大阪市港区の天保山(標高4.5m)
仙台市日和山(標高6.05m、半分造成の山)

天保山は、天保年間安治川の川さらえの土砂を盛り上げた山。


◆山の言葉
☆四方山(よもやま)
四方山とはさまざまなことの意味で、四方山話として使われる。もともとは四面八面(よおもやおも)が四方八方(よもやも)になり、世間や天下の意味に用いられたのが訛って、四方山となり、江戸時代から現在の意味に使われるようになった。


☆他山の石
「他山の石を以(もっ)て玉を攻(おさ)むべし」と「詩経・小雅」にある。よその山から出た粗悪な石でも、自分の玉を磨くのに役立つこと。転じて人の誤った行いも自分の修養の助けとなる。


☆人間(じんかん)到る処(ところ)に青山(せいざん)あり
人間はどこで死んでも骨を埋める所場所くらいある。大望を持ち、郷里を出て多いに活動すること。青山とは骨を埋める場所。


☆青山墓地
東京にある26万uの広大な墓地。青山ではなく、ここは徳川家の家臣、青山忠成(1551〜1613)の屋敷があった場所。共同墓地第1号として造られた。


☆ブルーマウンテン
カリブ海、ジャマイカのブルーマウンテン山脈の標高800mから1.200mの山の斜面のごく限られた土地でしか収穫されないコーヒー豆。


◆山の名前の語源
☆富士山
富士山の語源は諸説あって、定説はない。
1.古代文献には「不二山」「不尽山」と表記されていて、日本最高峰の並ぶもののない「不二」の山。

2.鎌倉時代以降に表記が転じ「士が富む」から「富士」となった。

3.近代後の語源説では、宣教師バチェラーの「火を吹く山」を意味するアイヌ語「フンチヌプリ」の由来説がある。しかし、これは囲炉裏端に鎮座する火の神の老婆を表す「アペフチカムイ」からの誤解であるとの反論がある。(フチ=フンチは「火」ではなく「老婆」の意味)

4.その他、朝鮮語で火を意味する「ぷっと」「ぷる」マレー語で素晴らしさをさす「ぷし」古代日本語で斜面、垂れ下りを表す「ふじ」おわんを伏せる「ふせ」また、マオリ語説、原ポリネシア語説など…。


☆モンブラン
フランスとイタリアの国境の標高4.807mの山。フランス語で「白い山」の意味。ヨーロッパアルプスの最高峰。


☆モンテ・ローザ
スイスとイタリアの国境にあるヨーロッパアルプスで2番目の山、標高4.634m。イタリア語で「バラ色の山」


☆マナスル
日本人が初めて登頂した標高8.000m峰。世界第9位。サンスクリット語で「霊魂の土地」


☆キリマンジャロ
ヘミングウェイ(1899〜1961)「キリマンジャロの雪」で有名。アフリカ最高峰の山、標高5.895m。スワヒリ語で「輝ける山」


☆ヒマラヤ山脈
インドでははるか北方に連なる山脈を「雪(ヒマ)の家(アラヤ)」と読んていた。


☆エベレスト
ネパールとチベットの国境上の世界最高峰の山。標高8.848m。チベット名「チョモランマ(Chomolungma)神々の母」エベレストの方は、イギリスの測量庁長官だった、ジョージ・エベレスト卿の名前から。


☆K2
K2とは、カラコルム山脈の頭文字。標高8.611m、世界第2位の山。別名チョゴリ。インダス川の源流がある。インドの測量局が1856年からカラコルムの測量を開始。その際に無名の山にカラコルムのKを取って、K1.K2.K3.K4.K5と番号を付けた。K2以外の山は名前が付けられたのに、K2だけはそのままなっている。ちなみに、カラコルムとは、チベット語系のバルティ語で「大きい山」


☆アンデス
ケチュア語(アンデス高原部族の言語、インカ帝国の公用語)で「高い頂(high crest)」


☆モントリオール
カナダ最大の都市。フランス語で「王の山」の意味「モン・ロワイヤル」から。


◆山に由来する言葉
☆オレガノ
地中海地方原産のハーブ。和名「はなはっか」ギリシャ語で「山の喜び」


☆山勘
1.武田信玄の軍師、山本勘介から。勘介はすぐれた策略家であり、ごまかすことがうまく、勘が冴えていた。

2.山師の勘
山師とは、山林や鉱山の仕事に関わる人。その中には、山からの金銀採掘を口実に金銭を詐取する者もいた。また、当時の鉱脈発見は山師の経験と勘に頼るところが大きく、当てにならなかった。そこで、山師の勘はあてにならないから。

「山をかける」「山をはる」もここから来ている。


☆山手線(やまのてせん)
今は「やまのてせん」と言う呼び方が正しいけど「やまてせん」と呼んでいた時期もある。

漢字では「山手線」ローマ字表記は「Yamanote-Line」最初から正式には「やまのてせん」だったが、国鉄(現・JR)内では慣習的に「やまてせん」と言う読み方があった。戦後占領軍にローマ字表記を提出した際、なぜか(慣習的に)「Yamate-Line」となっており、占領軍専用列車には「Yamte-Line」と表記され、それが日本人の間にも広まった。他にも説がある。

1971年3月「やまのてせん」に統一されたものの、一時「山の手線」と表記したこともあり、今でも「やまてせん」と思い込んでいる人もいるとか。

ちなみに、山手線の電車は環状(輪)に走っているけど、本当の山手線は品川〜新宿〜田端間のみ。田端〜東京は東北本線。東京〜品川は東海道本線。代々木〜新宿は中央本線。

環状運転が始まったのは1935年。運転前は「の」の字に走っていた。


☆山の手
山の手の語源としては、高いところ、山の里、坂道が多いとなっている。東京の山の手は文京区、港区、千代田区。下町は墨田区、江東区、台東区。江戸時代の山の手は大名や旗本の武家屋敷や寺院が多い閑静な住宅街だった。


現代人に青山はなく、死後も団地住まい…。

地球の窪地の海は深すぎて大変だけど、山は高くても足がとどく。














































































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2010年10月26日

(火)抗がん剤全記録

4月12日緊急入院。13日手術。大腸がん発見。ステージ3。抗がん剤投与が行われることに。

☆投与法
吐き気止め30分。エルフラット250mlとレボホリナート250mlを同時に2時間で投与。その後、5−FUを46時間で投与。


☆1回目   4月30日~5月1日
投与中は何ともなかったけど、帰宅してから、ものすごいだるさに襲われる。思考力まで鈍りそうだった。5月7日、血液検査。


☆2回目   5月14日~16日
だるさを訴えたため、抗がん剤の量が減らされ、違う薬が少し追加された。わりと楽に過ごせた。


☆3回目   5月28日~30日
投与中の29日午後から、体がだるくなりベッドに横になったまま。夕食は何とか食べることが出来た。口の中にに苦みあり。
30日朝、ご飯半分残す。
昼食はおかずだけ食べる。ノドに何かがつかえたような違和感ある。
帰宅後、ブログを書いているときに、少し吐く。
2.3日後には食欲も回復してきたけど、右手薬指と小指の先にしびれあり、次に左手中指と薬指にしびれ。手のひらの周囲にかゆみ。体にもかゆみ。
6月9日、再び、ノドにつかえ感あり。


☆4回目  6月11日~13日
11日夕刻ごろから少し体がだるくなってくる。口が苦い。
12日は1日中寝ている。だるくて何もできない。食欲も落ちる。ご飯が食べられない。おかずは何とか食べる。
13日の明け方4時半ごろ、吐く。吐いた量は少ないけど、吐き気のおさまるのが遅かった。朝、みそ汁とヨーグルト。昼、野菜だけ。午後1時頃帰宅。ノドにつかえ感。
14日朝は起き辛く、その日は横になることはなかったものの、ほとんど何もできず終い。


☆5回目  6月25日〜27日
25日朝、バナナとヨーグルト。昼、病院食全部食べる。夜、ご飯少し残す。くしゃみ、咳、しゃっくり。だるい。

26日朝、パン食。昼、ご飯残す、夕方吐く。夜、ご飯残す。1日中寝ている。

27日早朝、吐く。朝、みそ汁とヨーグルト。10時ごろ吐く。その後帰宅。4時ごろ、おかき。夜、スクランブルエッグ、うどん、春菊。

28日朝、バナナ、ヨーグルト。昼、うどんと春菊。その後、食べたものをすべて吐く。夜、みそ汁、おかき。

29日朝、バナナ、ヨーグルト。昼、トマト小1個、とうふ、ちくわ。その後、スイカ。夜、トマトときゅうりのサラダ、温泉卵。

30日朝、バナナ、ヨーグルト。スイカ。昼、ネギ焼き、チクワ。スイカ。夜、野菜炒め(玉ねぎ、ニンジン、ピーマン、魚肉ソーセージ)みそ汁、キュウリとミョウガの甘酢漬け。温泉卵。

7月1日朝、バナナ、ヨーグルト。昼、スイカ、とうふ、キュウリ甘酢漬け。紫いもチップス、おかき。夜、小松菜、ちくわの卵炒め、キュウリ甘酢漬、みそ汁。スイカ。

2日朝、バナナヨーグルト。トマト小2個、スイカ。昼、キャベツ焼き(チクワ)とうふ半丁。夜、ピーマン丸ごと煮、

3日朝、バナナ、ヨーグルト。トマト2個、フレンチトースト、おかき。昼、丸天入りネギ焼き、みそ汁。スイカ、トマト、おかき。夜スクランブルエッグ、野菜炒め。

4日朝、バナナ、ヨーグルト。スイカ、おかき。昼、キャベツ焼き、味噌汁。トマト1個、おかき。夜、スクランブルエッグ、野菜炒め。

6日にご飯、7日にそうめん食べる。


☆6回目  7月9日〜11日
9日、点滴開始からしばらくすると、胸から上が熱くなり、耳のあたりに締め付け感あり。やがてそれも治まるもだるくなってくる。昼食はご飯と肉を残す。夜はおかずだけ。口の中は苦み益す。

10日、パン食をやめ、ご飯食にしてもらうもみそ汁と野菜サラダ、飲むヨーグルト。吐き気はないけどだるくて動けない。夜もおかずだけ。せき、くしゃみ、しゃっくり。

11日朝、みそ汁。昼、自宅、スイカ、とうふ、トマトときゅうりのサラダ。夜、みそ汁

12日朝、バナナ、ヨーグルト。昼、モヤシ焼き、スイカ、トマト、パン少し。夜、とうふ、みそ汁、ピーマンと人参の甘酢炒め。

13日朝、パン、バナナ、ヨーグルト。昼、とうふ、ちくわ、トマトときゅうりのサラダ。夜、キャベツ焼き、みそ汁。野菜スープ作って飲み始める。

14日朝、パン、バナナ、ヨーグルト。昼、スペイン風オムレツ。スイカ、紫いもチップス。夜、キャベツ焼き、みそ汁。

15日、パン、バナナ、ヨーグルト。昼、モヤシ焼き。イモけんぴ。夜、とうふ

16日から、相変わらず、ご飯を食べる気は起きないけど、わりと元気に過ごす。


☆7回目  7月23日~25日
23日、CT撮影、大きくなっている腫瘍はなく、水も溜まっていず、肝臓もきれいで特に異常なし。だが、エルフラット投与後、胸から上が熱くなり、動悸が強く、耳の辺りが締め付けられ、頭と首がかゆい。前回もそうだったけど、今回はちょっとひどい。

しばらくして、発疹に気が付く。全身が赤く、かゆい。エルフラット中止、他の小さい点滴、かゆみ止め注入、錠剤1錠飲む。その後、2.3時間眠ると発疹はウソのように消えていた。また、吐き気はないものの、かなり、体がだるい。せき、くしゃみ。次回からは薬が変わるそう。

23日朝、CT撮影のため絶食。昼、やはりご飯が食べられない。肉も食べたけど、後口悪い。イモけんぴ。夜、おかずだけ、塩サバの脂気が強く、気分悪いのでカルピスウォーター飲む。

24日、野菜のおかずしか食べられない。柿の種。

25日朝、みそ汁と野菜。昼も野菜だけ。その後自宅でスイカ、野菜スープ、スペイン風オムレツ。

26日朝、バナナ、ヨーグルト。スイカ。昼、スペイン風オムレツ。スイカ。夜、春雨サラダ。洗濯しただけ。まだ、相当きつい。

27日朝、バナナ、ヨーグルト、パン。昼、春雨サラダ、トマト。スイカ。夜、とうふ。

28日朝、バナナ、とうふ、パン。昼、ブロッコリーと卵のサラダ。スイカ、イモけんぴ。夜、とうふ、ピーマンと人参の甘酢炒め。


☆8回目  8月6日~8日
前回発疹が出たので、今回から薬が変わる。吐き気止めの後、エルフラット250ml1本は2時間で投与。レボホリナートの代わりに新しい薬が 90分で投与。その後はいつもの46時間投与。

エルフラット投与後、胸から上が熱くなるけど、耳の上の締め付け感もなく、かゆみもない。だが、午後11時半に1回目吐く。翌日7日午前4時に吐く。8日午前1時と10時に吐く。帰宅した午後6時半吐く。8日に吐いた時は3回とも口の中が酸っぱさでいっぱい、量も多く吐いた。

私の食事量があまりに少ないので、栄養士がやって来た。生野菜、果物、ヨーグルトなら食べられると言った。7日の朝はグレープフルーツとヨーグルト。あまりに少ないので、芋けんぴを少しずつ食べたけど、これもすべて吐いてしまった。今回は吐くことに悩まされた。だるい、きつい。

8日朝、スイカ、ヨーグルト(病院食)昼、スイカ、とうふ。夜、バナナ、ヨーグルト。

9日朝、バナナ、ヨーグルト。スイカ。昼、スクランブルエッグ、タマネギ、ワカメ、魚肉ソーセージのサラダ。

10日朝、バナナ、ヨーグルト。昼、もやしとちくわ炒め、スイカ。夜、とうふサラダ。

11日朝、バナナ、ヨーグルト、スイカ。昼、オムレツ風、スイカ。夜、とうふ、キャベツとニンジンの炒め物。

12日朝、バナナ、ヨーグルト、パン。昼、オムレツ風、スイカ、おかき。夜、とうふ、野菜炒め。

13日朝、バナナ、ヨーグルト、パン。昼、ご飯のお焼き、スイカ、まんじゅう。夜、とうふ、野菜いため、キュウリの甘酢漬け。


☆9回目  8月20日~22日
今回からは薬の量を減らしての投与となる。わりと「静かな」出足だったけど、日付が変わった21日の午前2時、6時50分、午後8時と吐く。そして、ハンパないだるさに襲われる。22日も午前3時、7時半、10時半と吐く。今までより、だるい。

そして、いつも帰宅すれば、だるいながらも少しずつ落ち着きを取りもどものだが、今回はものすごくだるい。パソコンの前に座っているのもつらいので、早めに寝る。

シャンプーすれば、ものすごく髪の毛が抜ける。髪の毛受けのザルだけでなく、タイルの上にも散乱。その様は見るもおぞましく、髪の毛を集める時は情けなさでいっぱいになる。それだけでなく、パソコンのイスの周囲、洗面所、至るところに抜け毛がある。これだけ抜けられてはかなり、つらい…。

22日朝、リンゴゼリー(病院食)昼、スイカ、バナナ、ヨーグルト、スイカ。夜バナナ、ヨーグルト。

23日朝、バナナ、ヨーグルト。昼、キャベツのお浸し、スイカ、モモ。夜、野菜のお焼き。

24日朝、バナナ、ヨーグルト。昼、スイカ、そうめん。夜、とうふ。

25日朝、バナナ、ヨーグルト、パン、ポテトサラダ。昼、オムレツ風、おかき。夜、とうふ、チクワとキャベツの炒め物。

26日朝、バナナ、ヨーグルト。昼、カレー、スイカ。夜、カレー。

27日朝、バナナ、ヨーグルト。昼、カレー、スイカ。夜、カレー少し、とうふ。


☆10回目  9月3日~5日
今回は最悪。吐きまくり、うなりまくった。3日の午後4時15分に始まり、7時、8時。4日は午前0時10分、11時、午後4時半、6時50分。5日は午前4時半、9時10分。そして、帰宅してから5時15分にも吐いた。

入院中もきつかったけど、帰宅してもそのきつさは変わらず、長く起きていられないし、かといって長く寝ているのもつらい。すぐに眠くなるくせに、すぐ目が覚める。そして、目覚めれば息が荒い。すぐには動けない。そんな状態がずっと続いた。

3日朝、バナナ、ヨーグルト。ここから病院食、昼、そうめん。夜、クロワッサン、サラダ(トマト、タマネギ、シーチキン)シーチキンで気持ち悪くなる。

4日朝、パン少し、オレンジ、ヨーグルト。昼、うどん。夜、ぶどう。

5日朝、みかん缶詰、ヨーグルト。ここから自宅、昼、バナナ、ヨーグルト。夜、とうふ、スクランブルエッグ。

6日朝、バナナ、ヨーグルト。昼、とうふ、スクランブルエッグ。野菜炒め。

7日朝、バナナ、ヨーグルト。昼、とうふ。夜、おからのお焼き、酢のもの。

8日朝、バナナ、ヨーグルト。とうふ、おかき、落花生。夜、オムレツ風。

9日朝、バナナ、ヨーグルト。昼、とうふ、サラダ、落花生。夜、キャベツ焼き、サラダ。

10日朝、バナナ、ヨーグルト、チーズ海苔巻き、落花生。昼、とうふ、野菜炒め。夜、カレースープ、サラダ。

11日朝、バナナ、ヨーグルト。昼、とうふ、キュウリとワカメの酢のもの、落花生。夜、カレースープ、レタス、温泉卵。

そして、ついに決意。抗がん剤は12回投与となっているけど、私はここまでで10回。でも、もうこれ以上は続けられない。後、2回じゃないかと言ってしまうのは簡単だけど、これ以上投与をすれば、私本体がどうにかなってしまいそう。いや、なってしまう。

自分の体は自分が一番よくわかる…。

そこで、医師に私の決意を伝えた。医師も無理にとは言わなかった。

9月13日、抗がん剤投与中止決定!


今は元気になっている。まだ、水泳を再開してないし、ウォーキングの歩数も1年前には及ばないけど、抗がん剤投与時のことも忘れていた。忘れるくらいでいいのであって、いつまでも思い出しているようでは、身が持たない。

薬はそのほとんどが毒を薄めたもので、決して薬が病気を治す訳ではない。薄い毒で病気の進行をくい止めているうちに、体の抵抗力が回復し、病の元をやっつけられる。だが、抗がん剤とは命に関わるような毒ではないけど、かなりの猛毒と言わざるを得ない。そこまでしなければガン細胞に勝てないのかもしれないけど、同時に正常細胞にも影響を及ぼす。いくらガンのためとは言われても、私にはあまりにきつすぎた。このまま抗がん剤を続けるよりも、体力を回復し元気になって、心楽しく暮らした方がいいと判断した。

今は抗がん剤を止めてよかったと思っている。ただ、髪が、以前ほど抜けなくなったとはいえ、まだ、抜け毛は多い。1年くらいしたら元の状態に戻る。それならいいけど…。

でも、これは私の場合です。すべてのことに言えることですけど、何にでも個人差があります。

本当にガンから解放されるのは、4年半先。でも、4年や5年、すぐに経ます。私は大丈夫です!

以上、萌花の抗がん剤投与のあまり参考にならない記録でした。










































ラベル:抗がん剤
posted by 松本萌花 at 07:02| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月25日

ボケる、ボケない、花占い

やっと、雨が止みました。

でも、明日から寒くなるそうです。今年は猛暑だったので、逆に冬がさらに寒くなるのではないかと心配です。別に根拠はありませんけど、私の場合、寒さは足に堪えます。足と眼とガンと、いろいろ大変なんです。頼れるのは脳細胞くらい。脳細胞も23歳からは減る一方だそうですけど、大丈夫です。人間は脳の一部しか使ってないそうですから、残りの使ってない部分をフル活用すれば、ボケているヒマなんかありません。

アルツハイマーなど病気原因でなければ、精神的にヒマな人がボケるのです。それと、自分さえよければいいと言う人がボケるのです。

私は将来、ボケたいです。ボケられたら幸せです。私がボケても誰も困る人はいませんから、自分の世界に入っていきたいです。

お休みなさい。
posted by 松本萌花 at 21:17| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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