2009年12月20日

(日)しはすあまりひとひのひのいぬのときにかとてす……

「をとこもすなるにきといふものをゝむなもしてみむとてするなりそれのとしのしはすあまりひとひのひのいぬのときにかとてすそのよしいささかにものにかきつく」

明日、12月21日は、紀貫之が土佐日記を書き始めた日。934年承平4年のこと。

紀貫之(きのつらゆき、866年貞観8年又は872年貞観14年〜945年天慶9年5月18日頃)
平安前期から中期の歌人、随筆家、三十六歌仙の1人。紀友則は従兄弟。

土佐日記とは、930年延長8年から934年承平4年、紀貫之が土佐の国司の任期を終えて、土佐から京都に帰京する55日間をかな文で綴り、57首の和歌もある。原本は「土左日記(とさのにき)」

土佐日記の旅程表
934年
12月21日(出発)国府→(到着)大津
    25日(出発)大津→(到着)国府
    26日(出発)国府→(到着)大津
    27日(出発)大津→(到着)浦戸
    28日(出発)浦戸→(到着)大湊
935年
1月9日(出発)大湊→(到着)奈半
  11日(出発)奈半→(到着)室津
  21日(出発)室津→(到着)
  22日(出発)   →(到着)
  26日(出発)   →(到着)
  29日(出発)   →(到着)土佐泊
  30日(出発)土佐泊→(到着)和泉灘
2月5日(出発)和泉灘→(到着)澪標
   6日(出発)澪標→(到着)河尻
   7日(出発)河尻→(到着)
   8日(出発)   →(到着)鳥飼の御牧
   9日(出発)鳥飼の御牧→(到着)鵜殿
  11日(出発)鵜殿→(到着)山崎
  16日(出発)山崎→(到着)京都 

原文は仮名ばかりだから、書き始めを漢字混じりにしてみれば。

「男もすなる、日記といふ物を、女もしてみむとてするなり。それの年の十二月(しはす)の二十日あまりの一日(ひとひ)の日の戌(いぬ)の時に、門出す。そのよし、いささかにものに書きつく」

「男が書く日記と言うものを、女の私も書いてみようと思い、筆を取りました。934年承平4年12月21日午後8時ごろ、門出の儀式があり、そのことをちょっとメモしてみました」

紀貫之は、生没年もはっきりしてないひとだけど、土佐日記は最晩年の作品。60歳か70歳くらいの当時としては、超高齢なのに女のふりして日記を書くと言う、大胆なことをやってくださった。この日記がその後の紫式部や清少納言、に大きな影響を与えたことは言うまでもない。また「竹取物語」の作者ではないかとも言われている。

こうして、日本に日記文学は根付き、今は日本語のブログ数が世界一!

明日12月21日の午後8時ごろ、あなたは何してる?ブログの大、大、大先輩に敬意を払って、ブログの更新をしましょう!


明日は何の日・12月21日
かわいいクロスワードの日
かわいい回文の日
かわいい遠距離恋愛の日
かわいいふれ愛交番の日
かわいい漬物の日






ラベル:紀貫之 土佐日記
posted by 松本萌花 at 04:00| Comment(1) | TrackBack(1) | 歴史ミステリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
今のブログを始めたとき、

「ぁたしも、ぶろぐ作ったのよ(ハートマーク)」

と入力して、5秒くらい検討して書き直しました。
Posted by なおと at 2009年12月21日 10:11
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土佐日記歌集01 都出でて
Excerpt: 「土佐日記」のなかの全和歌を順次紹介。
Weblog: 土佐日記歌集-悠山人編
Tracked: 2010-07-04 08:37
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