明日、10月30日は、宇喜多直家が織田信長に降伏した日。1579年天正7年のこと。
それも、直家自身ではなくて、従兄弟の基家が織田信忠に謁見し、その仲介をしてくれたのが、羽柴(豊臣)秀吉。
戦国の梟雄の一人、宇喜多直家。その中でもダントツの策謀家。下克上の戦国時代、決してキレイごとでは生きられない。いつ、背後から襲われ、ちょっと油断しているとすぐに寝首をかかれる、とは言え、彼ほど腹黒いといわれる人はちょっといない。
宇喜多直家(1529年享禄2年〜1582年天正10年1月9日)
宇喜多家は備前(岡山)を治めていた、浦上氏の家臣だった。祖父の代に家中の権力争いで、祖父は殺され、父とともに命からがら脱出。直家は6歳で放浪生活にはいる。
成人した頃、帰参が許され浦上氏の家臣となり、すぐに頭角を現す。やがて、浦上一番の有力者として、直家は勢力を拡大。浦上家当主、宗景を脅かすようになっていた。
直家は毛利氏の後ろ盾を得ており、浦上をのっとらんばかりの勢いだった。宗景は信長に後押しを頼んでいたけど、1577年天正5年、直家は宗景を天神山城から追い出し、備中の一部も手中にした。
同年、毛利配下の一員として、信長傘下の山中鹿之助が城番を務める上月城(こうづきじょう、兵庫)を一旦は攻め落とすけど、翌年3月、信長軍の中国担当の秀吉が、鹿之助や尼子氏を支援して、総攻撃を仕掛け上月城を手放す。その翌月、上月城を取り戻すべく、毛利が3万の軍勢で、吉川元春(毛利元就、次男)小早川隆景(元就、三男)が上月城に総攻撃を仕掛けたけど、直家は参戦しなかった。
「備前軍記」によれば、直家は仮病を使って、日和見を決め込み、二股をかけていた。直家は上月城の攻防戦は信長が勝つと見ていた。だが、この攻防戦に信長は兵を出さず、中国地方担当の秀吉は、別所長治の三木城の攻撃に忙しく、支援が得られなかったため、3ヵ月後の7月3日、尼子勝久の切腹により、攻防戦は幕を閉じた。
あわてた直家は病気が治ったとして、毛利氏に勝利のお祝いとして「ぜひ、わが城へ、最高のおもてなしをします」とゴマすりトークをするも、元春、隆景は完全に無視して帰路を急いだ。直家が、元春、隆景を討ち取って、その首を手に信長の傘下に治まるつもりでいることは、とっくに毛利はお見通しだった。謀殺・暗殺は、直家のよくある「手」だった。
そんな直家は、やはり毛利から織田に寝返ろうとしていた。だけど、つい、何ヶ月前まで毛利の配下として戦っていたわけだから、そんなに簡単に信長からの許しが出るはずは無く、従兄弟の基家が名代として謁見して、ようやく承知してくれた。
そりゃ、信長が中々承知しないのも当然。例えて言うなら、入学式で、さわやかに声をかけられ、こいつ、いいヤツだと思わせといて、卒業式の日に殺られる……。
☆被害にあわれた方々☆
中山信正 酒宴、狩猟と仲良しになり、油断したところを直
家自身が殺害。
島村盛実 中山殺害時に、主君と謀計。少人数で沼城に
入ったところを殺害。
最所元経 男色であったところから、岡剛介と言う若いイ
ケメンを仕官させ、油断させて暗殺。
兼光宗高 家臣殺害を理由に切腹させる。
三村元親 日本初の狙撃暗殺犠牲者。
伊賀久隆 妹を嫁に、油断させて謀殺、妹自殺。
松田元賢 娘を嫁に、油断させて謀殺、娘自殺。
後藤勝基 娘を嫁に、油断させて謀殺、娘自殺。
浦上与次郎 宗景の嫡子、城に招いて毒殺。
浦上久松丸 対浦上宗景の頃擁立するも、後に毒殺。
宇垣与右衛門 鹿狩りで鹿と間違われて?殺される。
この他、運良く難を逃れた人も多数いる、と言うことは、未遂を含めればもっと多い……。つまり、直家はあまり戦うことなく、領地拡大し、のし上がっている。油断も隙もならない直家に、腹違いの弟、忠家はいつも防弾チョッキ(鎖かたびら)を着ていた。
そんな直家も、信長に仲介の労を取ってくれた秀吉には、今までの策謀しまくりの陰険さはどこへやら、今度は誠心誠意、秀吉に尽くしまくり。
1582年天正10年1月9日、直家病死。
秀吉とのいい関係は2年ほどだったけど、秀吉は直家亡き後の宇喜多家の10歳の息子に「秀」の字を与え、秀家と名のらせ、自分の養子にし、家督を継ぐ段取りを実に親切に面倒みている。その秀家に前田利家の娘を自分の養女にしてから、秀家に嫁がせている。もっとも、直家の妻、秀家の母のお福は絶世の美女で、そのお福が狙いだったらしく、お福は秀吉の側室になっている。
策謀家の父とは正反対の真面目な青年に育った秀家は、その後豊臣家のために命がけで働く……。
ある時、死期の迫った直家は家臣に聞いた。「そなた達は殉死してくれるか」多くの家臣が「お供します!」と言う中、戸川秀安は「多くの者を手にかけた家臣が一緒なら、尚のこと、地獄に落ちます。殉職して欲しいのなら、僧にでも頼むことです!」それを聞いた直家「すまん、気が動転していた。殉職しなくてよい」
天下の策謀家、宇喜多直家、53歳、没。
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