あなたは名前を変えたことがありますか。
明日、7月6日は、松平元康が、徳川家康に改名した日。
1563年永禄6年のこと。幼名・竹千代は、人質として、今川義元の元にいた頃、元服をして、松平元信と名のり、その後、祖父清康の康を取って、元康と改名。
今川が織田との桶狭間の戦いで敗れたのをきっかけに自立し、旧今川領地を占領し、三河を平定。そして、これを機に、元康を家康に。苗字も清和源氏の徳川と改名した。
先祖は清和源氏の新田氏の支族、徳川氏。新田氏滅亡の後、本国、上野国徳川を離れて、流浪していたとき、三河松平氏の養子となり、それ以来松平を名のっていた。
この時代、名前を変えることは珍しいことではなく、今持っている名前より、氏素性の方がずっと重要だった。家系や由緒正しいことが武士の誇りであり、戦力となった。
日本人の名前の歴史
明治時代になるまで、公家や武士、一部の豪商を除き一般庶民に苗字がなかった(例外あり)
古代日本では各豪族が一族郎党を引き連れて、それぞれの地域で暮らしていた。豪族の首長を、氏の上と呼び、その元にいる人を氏人(うじひと)と呼んだ。その豪族の領地で暮らす氏人も、曽我や中臣、物部を名のっていた。また、朝廷への功績に応じて、臣(おみ)連(むらじ)直(あたい)首(おびと)などの「姓」が与えられていた。
その後、氏・姓は混同されるようになり、有力な豪族は、藤原、源、平、橘、清原、菅原などの苗字を使うようになった。
やがて中世になり、土地を幕府から与えられる名田(みょうでん)制度が始まり、一般庶民は名田に付けられた名前を使っていた。
明治維新を迎え、新政府はすべての人に苗字をつけることを許可した。人々は神主や僧侶に頼んで苗字をつけてもらったけど、多くの場合、地名や屋号、職業、信仰、あやかりなどに由来した苗字が付けられた。その際、日本では30万から40万ほどの苗字が誕生した。ちなみに、隣りの韓国では250、中国では500ほどの苗字しかなく、日本は比較にならないほどの苗字の種類がある。
日本での姓名学は、弘法大師(空海)が唐から多くの学問を習得して帰国した後、著した「聲字相義(けいじそうぎ)」が原点と言われている。その後、鎌倉時代以降「反切法(はんせつほう)」と言う姓名判断が流行った。この頃に徳川家康は改名し、運気を上げている。
現在の姓名判断は色々流派があるけど、徳川家康の名前は「大器晩成型」のいい名前とされている。私の名前もいいけど、まだ、その「実力」が発揮されてない……。
本名はともかく、ペンネームや芸名なら、運気のいい名前を付けられそうなものだけど、姓名学上、完璧と言う名前はない。多くの場合、苗字に対する名前であり、後はその人の進む道にもよる。
昔は出世魚のように、成長や出世に合わせて名前を変えることができたけど、現在はおいそれとは変えられない。でも、一生に一度くらい自分の意思で変えられたらいいのに、ね!
明日は何の日・7月6日
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2009年07月05日
(日)この名前がいいねと言うから、明日はボクの改名記念日!
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