5月の葵祭り、10月の時代祭りとともに、京都の三大祭の一つ。また、東京の神田祭、大阪の天神祭とともに、日本三大祭の一つとされているのが、京都・東山の八坂神社のお祭り。
一般的には17日に行なわれる山鉾巡行と、その前日、前々日が、宵山、宵々山が有名。祭り自体は7月1日の、吉符入れと長刀鉾町お千度を皮切りに、山鉾曳き初め、伝統芸能の奉納、花笠巡行などなど、最終日31日の疫神社夏越祭りまでの1月間、ほぼ毎日何かしらの行事がある。
この華麗な祇園祭も元々は、何かを祈願するのではなく、怨霊を鎮めるためのお祭り。その昔、疫病や怨霊に恐れおののいた桓武天皇がありとあらゆる手段で、怨霊を沈めていた平安京。869年貞観11年、またまた、疫病が大流行。
これは「御霊(祟りをもたらす死者の霊)のお怒りに違いない」と考え、常住寺の僧、円如が66本の鉾を神輿の前に立てて祀り、洛中の男児たちが八坂神社から神泉苑まで練り歩き、神泉苑に神輿を奉納し、疫病退散のための御霊会(ごりょうえ)が行われた。この「祇園御霊会」が現在の祇園祭。
現在は鉾とは、巡行するために飾られた車そのものも鉾と呼ぶけど、元々は怨霊を鎮めるための神具で、古代の刀や矛をかたどったものだった。それにしても、怨霊を鎮めるのがなぜ八坂神社なのかしら。
そもそも怨霊とは、政争に敗れ、恨みを残してこの世を去った人たちであり、桓武天皇で言えば、政治的野望のため、死に追いやった実の弟、早良(さわら)親王、異母弟、他戸(おさべ)親王、その母、井上(いのかみ)内親王。彼らは上御霊神社に祀られている。桓武天皇の息子、平城天皇の代にも、後継者で揉めた異母弟、伊予親王とその母は非業の死を遂げ、下御霊神社に祀られている。
八坂神社の祭神・スサノヲノミコト(須佐之男命、素戔鳴尊)は牛頭天王(ごずてんのう)と言われる神、そのスサノヲとは政争で敗れた怨霊たちの親玉。桓武天皇は平安京の東西南北4箇所に、大将軍軍神と言うスサノヲを祀る神社を建立している。
ヤマタノオロチ退治した出雲の英雄神のように思われているスサノヲが出雲に下ったのは、高天原(たかまがはら)で大暴れしたことに、姉の天照大神(アマテラスオオミカミ)が怒って、天岩戸に隠れたことによるもの。
また、スサノヲの子孫で大国主神(オオクニヌシノカミ)が治めていた出雲も、天照大神の孫、ニニギノミコト(邇邇芸命、瓊瓊杵尊)がのっとると言う、二重の苦渋を味わっている。
そのニニギノミコトの子孫が初代天皇の桓武天皇。神話の形になっているけど、天皇家に政争で敗れた最初の人(神)だから、スサノヲは怨霊の親玉と言うわけ。
夏になると、細菌やウイルスが活発になり、さまざまな病気を起こすことが現在では理解できるけど、昔の人にとっては、目に見えない荒ぶる疫神や、怨霊が大暴れしていると思ったに違いない。
近頃は私も冬より、夏の方が堪えるようになってきた。でも、今年も元気でのり切らなくっちゃ!
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