2008年11月08日

(土)その前に、相撲は国技ではありません!

明日から大相撲九州場所が始まるけど、別に相撲に興味があるわけでもなく、子供の頃、なんとなくテレビで相撲を見ていたけど、その後は見ることもなく過ごしてきた。それでも昨今の相撲界は色々あるみたいで、ワイドショーでも格好のネタになっている。そんなときにコメンテーターのほとんどが「相撲は日本の国技だから」と言うんだけど、相撲が国技であると言う規定はどこにもない。

では、どうして相撲が国技と勘違いされるようになったかと言えば、その理由は「国技館」にある。明治42年6月、東京の両国に相撲専用の会館が完成した。完成するまでは「常設館」と呼ばれていたけど、完成すると「国技館と命名しよう」と言うことになった。この国技館と言う名称によって、多くの人たちが相撲は国技だと思い込んでしまった。その狙いもあったんじゃないかしら……。

今、色々ある相撲界だけど、八百長なんて昔から言われていたことだし、外国人力士を入門させた時点で、その後に何か問題が起きることくらいわかりそうなものなのに、当時の親方連中は、マサカ外人が横綱になるなど夢にも思わず「国際色豊かな相撲」の名の下、相撲界の色どり、イロモノとして外人を入門させた。だが、そのマサカが起きてしまった。そのときに気が付けばよかったものを、そのときは貴乃花と言う日本人横綱がいたので、曙はヒール扱いできた。

その後は外国人力士の台頭にアタフタするだけだった。所詮イロモノと思っていたので「心技体」のうち技と体しか教えてこなかった。そんな外国人力士が思うようになるはずもなく、不満の矛先を、言葉の通じる日本人に向けてしまった。そんなところではないだろうか。そこには何の知識もなく、やたらと外国人を入門させまくったくせに、何も教えてこなかった親方、相撲協会の責任がある。

その相撲も力士だけで取り組みが出来ると言うものではなく、力士同士が勝手に相撲を取るなら、それは単なる力比べで終わってしまう。そこには行事がいて、勝敗を見極める。その判定にもの言いが付くこともあるけど、それはおいといて、力士とは部屋から申請をしてもらい、新弟子検査に合格すれば、弟子入りが出来る。では、行司になるにはどうすればいいのだろう。何しろ伝統の世界だから、行司も世襲制?そんな話も聞かないので、行司さんのことについて調べてみた。

行司の条件は中卒以上19歳までの健康な男子。19歳を過ぎているとダメ。45人定員制で、定年は65歳。それほどの視力も必要とされず、メガネはかけられないけど、コンタクトレンズの着用は認められている。部屋から行司会、相撲協会に推薦してもらい空きがあれば、新規に登録され行司になれる。最初は部屋で雑用をしながら、相撲の歴史、勝敗の見極め方、発声、書道(相撲文字)の修行をする。

行司の主な仕事としては、取り組みの勝者に軍配をあげること。でもこの軍配、やはり、戦争用具だった。戦国時代以前は、ハタキの様な「采配」を使って軍を指揮していた。このことは今も采配を振るうと言う言葉として残っている。これが戦国時代になると、采配から団扇のような「軍扇」へと形を変えた。奈良時代の団扇を改良したもので、たまごやひょうたんの形をしていたけど、そこは元は団扇。薄紙や絹を張った程度ではすぐに壊れる。そこで、土台の骨組みに何枚もの紙を張り、その上からさらに漆(うるし)で固めた物が使われるようになった。軍の采配をするところから「軍配」と呼ばれるようになり、その軍配が相撲に使われるようになったのは、織田信長が催した相撲大会がキッカケといわれているが、これも後からのこじ付けとの説もある。

そんな行司の仕事は軍配を振り上げることだけではない。場内アナウンス、番付書き、その他の事務処理、書記、司会など。力士の土俵入りの先導も行司で、そのアナウンスをするのも行司「四股名、出身地、部屋」のアナウンスもすれば「ただいまの決まり手は……」これすべて行司がやっている。このときは2人一組で、1人がアナウンス。1人が記録係。

また、相撲の番付書き。新番付表の束を抱えて部屋に帰る力士の姿をテレビで見るけど、元の番付表はそんなに小さいものではない。縦110センチ、横80センチのケント紙に約2週間かけて元書きが作られる。それを写真製版で約4分の1に縮小して印刷される。元の番付表は国技館の通路に展示されている。その他にも、巡業先に先回りし、宿舎部屋割りの手配、部屋の経理や冠婚葬祭の仕切り、親方の補佐、人別帖の作成も行司の仕事。

さらに、行司も力士同様、階級社会。今はその名前も木村家と式守の二つ。その違いは装束や持ち物軍配の房の色に現れる。十両以上の行司は絹物を着ているが、幕下以下は木綿地。力士と同じく十両格になると、給料がもらえて付き人が付く。でも、幕下十両は年9回、三役は年6回差し違えがあれば、一枚降格となる。立行司の場合は進退伺いが出される。短刀は差し違えのときに切腹するためのものだけど、実際に切腹した行司はおらず、それくらいの意気込みを示すために持っている。また、同体の場合でも、行司はどちらかに軍配を挙げなければならない。

         房の色   装束
木村庄之助  紫     足袋、草履、短刀、印籠
式守伊之助  紫白    足袋、草履、短刀、印籠

三役格     朱     足袋、草履、印籠
幕内格     紅白    足袋
十両格     青白    足袋
幕下以下    青または黒

力士の場合は、横綱、大関は別にして、普通は〇〇関と呼ばれる。では行司は普段は何と呼ばれているのだろう。姓は木村と式守だけなので、下の名前で呼ばれたり、内輪の時には本名で呼び合ったりするにしても、先輩に対しては、なんと呼びかけるのだろう。立行司は「親方」と呼ばれるけど、付き人の場合、先輩行司を何と呼ぶのだろう。マサカ「先生」はないよね……。

相撲のテレビ中継を、行司の仕事の面から見てみるのも面白いと思うので、明日は久しぶりに相撲中継を見てみようか。それにしても見るとすれば、随分、久しぶり。

でも、そろそろ、外国人行司が現れてもいい頃。


明日は何の日・11月9日
かわいい太陽暦採用記念日(1872年明治5年、明治政府は太陽太陰暦(旧暦)をやめて太陽暦(新暦)を採用した結果、明治5年12月2日の翌日が明治6年1月1日となった)
かわいい119番日
かわいい換気の日(いい(11)くう(9)きの語呂合わせ)
かわいい歯茎の日
かわいいベルリンの壁崩壊の日
かわいいクジラの日
かわいいパソコン検定の日
かわいいパソコン救急の日

こちらへもどうぞ
花 ゆ れ
http://hanayure.seesaa.net/
ひびわれ鏡
http://hibiwarekagami.seesaa.net/
天の川心中(戯曲)
http://amanogawa-kosmos.seesaa.net/






































posted by 松本萌花 at 09:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私は相撲は国技ではないと思ってる

「日本の国技は?」と聞かれたら、ほとんどの方は「相撲」と答えるに違いない。
しかし、日本相撲協会では「相撲は国技ではありません」と言っているのだ。
国技館で行なわれるために、国技じゃと思う方もいるでしょう。しかし、国技館は、
明治42年に相撲協会が相撲を行なうために建てた施設で、完成前までは「常設館」
という名前を予定していたのです。完成間際に「国技館と名づけよう」ということに
なり、現在にいたっているのです。国技館で相撲が行なわれるため、世間では相撲が
国技と思われてきたのです。
日本には「国技」となる明確な基準はないのです。「国技」の位置づけは、「基本的
に伝統的価値観を持ったスポーツで、国民が民族的な価値観を感じられるもの」それ
が、国民に「国技」として認識されるらしい。
つまりは、国技に法律的な物を含むいかなる根拠もなく、人によっては「柔道」や
「剣道」を国技と呼ぶこともあるのだ。
海外では、スポーツ省を設け国技と認定している国もありますが、この日本では、社
会的誤認と個人の価値観で国技と言われ続けているのです。
相撲が国技という概念は作られた虚構そのものなのです。


相撲は国技ではないのだ  
http://schiphol.2ch.net/test/read.cgi/sumou/1221386716/
http://schiphol.2ch.net/test/read.cgi/budou/1221386854/
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/soc/1221387169/l50
(作成:国技と偽称する相撲界を告発する会)

賛同の方は書き込み若しくは各方面にコピー貼り付けお願いします。
Posted by koizumiikemen at 2009年01月20日 21:39
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/109182578

この記事へのトラックバック