2010年12月27日

さあ、食べなくっちゃ!

以前、病院の食堂で働いている人から聞いた話によれば、レストランや食堂などではヒマな日もあるけど、病院ではほぼそれがない。なのに、入院患者の症状により食事内容が変わったり、新しい入院患者の好みも把握しなければならない。病院の食堂と言うのもこれで中々大変な職場のようだ。

デイルームには1週間分の献立表が置いてある。それは「並食A」と書かれたもので「並食B」があるのかどうか知らないけど、私の場合は流動食からなので、その違いがわかりやすいかも。始まりは12月10日の午後から。尚、私が食べたメニュー名は私が勝手につけたものです。

10日               並食A
昼 薄い吸い物         米飯        
   おも湯             豚肉の照り焼き
   桃ジュース          インゲンのゴマ和え
   アイスクリーム        マカロニサラダ
                   りんご

夜 吸い物            米飯
   おも湯             魚の磯辺焼き
   片栗粉溶いたもの     ソテー
   ヨーグルト          筑前煮
                    下ろしダイコン

11日
朝 薄いみそ汁         ぶどうパン
   重湯              ハンバーグ
   プリン             サラダ      
(高カロリー点滴半量になる) ポタージュスープ
                   牛乳                   

昼 三分かゆ           米飯
   煮魚               煮魚
   焼き豆腐含め煮       焼き豆腐含め煮
   春雨の煮もの         翁和え   
   桃ゼリー            味付けのり
   桃ジュース          桃ゼリー

夜 三分かゆ           米飯
   味のない吸い物        鶏肉の西京焼き
   ポテトの含め煮        ポテトの含め煮
   鶏ムネ肉のボイル      和え物   
   みかん缶           みかん缶

12日
朝 三分かゆ           米飯       
   みそ汁(ふ、卵)        みそ汁                             
   カボチャグラタン       カボチャグラタン
   のり佃煮            のり佃煮
   牛乳              牛乳

昼 五分かゆ           米飯
   青菜炒り煮          蒸し春巻き
   高野豆腐の含め煮     ソテー
   目玉焼き半個        青菜炒り煮 
   練り梅             練り梅
   バナナ             バナナ
(目玉焼きと言うより、ゆで卵の目玉焼きバージョンと言った感じ)

夜 五分かゆ           米飯
   魚煮付け           塩鮭焼き
  里芋含め煮          里芋含め煮
  ナスの煮もの         卵とじ
                    しそ昆布

13日
朝 五分かゆ           食パン
   みそ汁             イチゴジャム
   オムレツ            オムレツ 
   練り梅              オレンジ
   ババロア            コンソメスープ
  ヨーグルト           牛乳

昼 七分かゆ           米飯
   魚煮付            魚のムニエル
   ブロッコリー         ソテー
   カブのやわらか煮     カブのやわらか煮
   青菜のお浸し        ほうれん草のお浸し

夜 七分かゆ           米飯
    おでん            おでん
   スパゲティサラダ      酢味噌和え
   のり佃煮           ふりかけ
   イチゴ             リンゴ 

14日
朝 七分かゆ           米飯
   みそ汁            みそ汁
   錦糸卵のえびしんじょう  錦糸卵のえびしんじょう   
   かつお節みそ        和え物
   ヨーグルト          かつお節みそ
                    牛乳

昼 卵うどん            卵うどん
   ソフール            焼きイモ
   桃缶               桃缶  

夜 七分かゆ           米飯
   刺し身             刺し身
   大根(味付き)        白髪大根
   トマト              トマト
   白菜煮物           ナスのそぼろあんかけ
   ニンジンゴボウの煮もの  シソの葉
                    ソフール

15日
朝 七分かゆ           米粉バターロール
   みそ汁            コーンポタージュ
   蒸しシューマイ       蒸しシューマイ
   オレンジゼリー       オレンジゼリー
   飲むヨーグルト       牛乳

昼 全かゆ             米飯
   魚煮付け           魚照り焼き
   ほうれん草のお浸し     ほうれん草のお浸し
   マーボ豆腐          マーボ豆腐
   イチゴ             イチゴ

夜 全かゆ            米飯
   炒り卵             鶏肉のバター焼き
   ポテト含め煮         ポテト含め煮
   漬物              たらこ和え
                   シソの実漬
      
以後は退院するまで全かゆであったものの、副食のメニューは並食Aと基本的には同じ。ただし、抗がん剤投与以降、脂こいものが食べられなくなった私は、肉のメニューの時は魚にしてもらった。

11日には排便があり、14日に点滴が終了したものの、15日には退院とはならず、18日になってしまった。それでも順調に回復した方とのこと。

今は体調も良くなり、元気です。

でも、来年こそは、健康に暮らそう!


と、言うような次第で、突然ではございますが、このブログは本日をもちまして、閉鎖させていただきます。

今まで、本当にありがとうございました。

                                                  松本  萌花 















      







 




     
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2010年12月26日

ストーマ閉鎖手術の実況中継!

そして、手術の日はやってきた。

4月の時は緊急手術だったし、体調も悪く説明を聞いてもどこか上の空のだったけど、今回は絶食こそ続いているものの、高カロリー点滴により、栄養状態は良好に保たれているし、腸閉塞の管も抜けていたので説明もしっかりその意味がわかる。

ストーマ(人工肛門)と言うのは、私の場合ヘソの左下に小さく紅い梅干しが、その3分の1ほど皮ふから顔を覗かせているような状態で、そこにパウチをかぶせその中に排便があり、パウチの下から便を捨てる。

今回はそのストーマを閉鎖、つまり元の状態に戻すための手術。むろん、永久ストーマの人もいるが緊急避難的にストーマになり、その後手術によりストーマにさよならする人も多い。

でも、正直言って、よくわからないままに手術と言う方が気楽。さらに、元に戻すだけの手術だから、それほどのことはないと思っていたら、これがどうしてどうして、癒着している部分を剥がしながら行うので、かなり大変の手術とのこと。また、つなぐと言うから縫うのかと思っていたら、ナント、器械でつなげるのだそうだ(どんな器械なのか想像もつかない)さらにうまくつながらないこともあり、もしかしたら「小腸ストーマ」になる可能性もあるので、その位置の確認をするに至ってはあまりいい気持はしなかった。

こうなったら、念じるしかない!
「ストーマ閉鎖、手術はこれで終わり」

ある看護師に今の心境を聞かれたので「まな板の上の鯉」と答えたら「鯛じゃなかったっけ?」と返ってきたのには思わず笑ってしまった。別にやせ我慢ではなく、ここまで来たら「ストーマ閉鎖、手術はこれで終わり」それしかない。


12月6日午後1時、手術開始。手術衣に着替えた私は看護師に伴われて手術室に。ドアを入ったところで、点滴棒も手術室用のに代わることになった。そこに待っていたのは顔見知りの看護師が2人と、大学病院からやってきた麻酔科の医師。手術室は寒いものの手術台はしっかり温めていてくれた。背中に痛み止めの針が差しこまれ、いよいよ酸素を吸う。これで意識が無くなる。

その間にも私は何度も「ストーマ閉鎖、手術はこれで終わり」を唱えていた。


そして、気がつけばまだ手術室だった。前回は病室だった。
「手術は無事に終わりましたからね」
「ありがとうございます、ストーマは」
「閉鎖されましたよ」
良かった…。
終わった時間は午後6時。つまり、5時間の手術。

病室に戻ると今度は夜勤の看護師が付いてくれた。前回の手術後はナースステーションの向かいの部屋だったけど、今回はそこには常に見守りが必要な人が入っていたので、少し離れた2人部屋に1人で入っていたし、術後はベッドも私の1つだけだった。そして、この夜勤の看護師は如何に仕事とはいえ、ものすごく親身に世話をしてくれた。術後の一番苦しい時に、お陰でどれだけ救われたことか…。

その看護師が休み明けに顔を見せてくれた時、私は心から彼女に感謝の言葉を述べた。そのことに対してもこういう人はどこまでも謙虚だった。私はいつも何かや誰かのことをチクッている訳ではない。彼女のことは看護師長にも伝えた。看護師長も「あの娘は信念を持ってやっていますから」と喜んでいた。

また、私の主治医は超真面目な人。医師の中には「その程度のことで電話するな」と言う医師と「何でもいつでもいいから電話して」と言う医師がいる。主治医は後者のタイプで、いつ休みをとるのかと思う程、ほぼ毎日病院にいる。自分で患者の状態を確認しなければ気が済まない性格のようで、それにしても、そんなので家庭の方は大丈夫なのだろうかと、ついいらぬ心配をしてしまう程。でも、家庭はうまくいっているようで、全くの余計なお世話だった。

さて、肝心のストーマ跡だけど、縫ってあるのかと思ったら、ナント「梅干し」を上から取り除いたように窪んだままで、汁が出るのでガーゼが当てられているだけ。肉は盛り上がる性質を持っているので、いずれ窪みはなくなる。

12月9日、シャワーが許可になる。医師曰く「日本の水は清潔だから、しっかりシャワーで流しても大丈夫」でも、シャワーの後、すぐに腹痛を起こし痛み止めを打ってもらったけど、別にシャワーのせいで腹痛になった訳ではなく、何てたって5時間の手術だから、その後も腹痛は何度か起きたし、吐きもした。

術後の計画書によれば、術後1日目から2日目には、ベッドをアップし、ベッドサイドに立ち病室内を歩行、3日目は病棟内歩行で水分許可となる。4日目目からは流動食開始、7日目に半抜糸、ドレーン抜去。そして、全抜糸とある。

だが、これはあくまでも目安であり、状態により多少の変化があると但し書きが付いてる。

やがて、流動食が始まり、私は15日に退院しようと思っていた。


































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2010年12月24日

チクリ屋萌花の事件

萌花は見た…。

病院にはやや認知症の人も入院している。中には徘徊癖の人もいる。病棟内を徘徊するだけならそれほど心配はないないようだけど、エレベーターの側には階段もあるし、さらに車いすで徘徊されたのでは危なくてたまったものではない。かと言って、そんな認知症の人たちを常に「監視」することはできない。そこで、そんな人たちはナースステーションの中で、看護師全員で見守ることにしているようだ。そして、ナースステーションの中にはいつも2人ほどの年寄りがいることに。だが、それだけで終わるはずもない…。

あるジイサンがこともあろうに、石けんを食べてしまった!

当のジイサンは「うまかったで」と澄ました顔で言ったそうだ。驚いた看護師がその後の対応に追われ、ちょっと目を離した数分の間に夕食が運ばれ、ジイサンはその食事も食べてしまった。それも短い間によく食べられたものだと思う程に平らげていた。

この場合、石けんだけなら洗浄と言う方法があるが、その上にものを食べたのでは、もはや手術するしかない。すぐに家族に連絡をし、緊急手術となった。

それにしても、石けんを食べて平気とは…。


また、夜になると全裸になるジイサンもいた。とにかく、夜になるとベッドの側で着ているものを脱ぐ。看護師が着せてもまた脱いでしまう。

看護師とは大変な職業だ…。


でも、ここまでは聞いた話。だが、私は見た。見てしまった。それも「家政婦は見た」のように、のぞき見みたいにして見た訳ではなく、バッチリと鉢合わせ!

以前も書いたけど、病棟には看護師、看護学生の他にどういう位置付けか知らないけど、雑用係のようなオバサンがいる。ある時、私がトイレに行くと、そのオバサンがタバコを吸っていた。私はこのオバサンが嫌いだから、その時は何も言わなかったけど、すぐに看護師にチクッた。

病院は当然全館禁煙。それでも隠れてタバコを吸う人はいるようで以前の入院のとき「○月×日、タバコのにおいがしました」との張り紙があった。でも、何のことはない。卑しくも病院の職員が吸っていたのだから。

その後、その件に対して何もないので、別の看護師に聞いてみた。彼女はオバサンの喫煙のことは知らないけど、それは「上」には伝わっているでしょうと言った。私は別に看護師全員でオバサンを見張れとか言うのではなく、喫煙の事実を知っていて当然なのではと思っていた。そこで、チクッた看護師にその話を蒸し返してみると、確かに上には伝えていた。でも、あの後ですぐにトイレに行ってみたけど、タバコのにおいはしなかったし、現場を押さえた訳ではないのでと言った。

あのね、現場は私が押さえたでしょ。また、私がオバサンの喫煙に出くわしただけでものもすごい確率だし、このオバサンもしばらくは、少なくとも私が入院している間はトイレでタバコを吸わないだろう。それをこの次、看護師がその現場を押さえることが出来るとしたら、気が遠くなるような確率でしかない。

その後、マンガを持ってきてくれる看護師の話によれば、オバサンは喫煙の事実を認め謝罪した。このオバサンは元は5階にいた。そこで入院患者ともめ事を起こし、5階にいられなくなり4階へ移動。その仕事ぶりはベテラン看護師にはいいけど、学生や新人看護師には結構きついことを言うし、先日も個室の患者ともめてクビになるのも近いのではと言うことだった。

私がこのオバサンを嫌いなのは、抗がん剤投与のため2週間ごとに入院していたある時「マツモトさん、お帰り!」と言った。これが私にはカチンときた。好きで病院にやってくる訳ではない、だるく吐き気に悩まされる3日間を繰り返しているというのに、看護師も看護学生もそんなことはだれも言わない。この件に関しては「このオバサンに悪気はないのでは」との意見もあったけど、悪気がなければ何を言ってもいいと言うものではない。それ以来、私はこのオバサンが大嫌いになった。

かと言って、病院の人事に口を出すつもりはないけど、その後もオバサンは勤務を続けていたし、結局今回も注意を受けただけで終わったようだ。

でも、この病院の喫煙コーナーは1階正面玄関脇の外。何も戸外に設置することはないと思う。真冬に戸外での喫煙は寒いだろうに、これだけは喫煙する人が気の毒…。それでも吸いたいのがタバコ?

ちなみに、私が勤めていたデパートではトイレでタバコを吸うと即退店。そのため煙感知機も設置されている。

また、このオバサンの特徴の1つにだみ声がある。声はもって生まれたものだからどうしようもないけど、喫煙をチクられてからのオバサンの、だみ声のトーンが心持ち低くなったのに気がついたのはおそらく私だけだと思う。でも、その声も今は、チクリ屋の私が退院したので、通常モードに戻っているだろう。






































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2010年12月23日

退院しました!

思えば11月16日の夜までは元気だった。

4月の手術でストーマ(人工肛門)となったものの、永久ストーマは避けられ、最初は1月にストーマ閉鎖手術をすることになっていたけど、医師から状態がいいので12月でもいいと言われたので、善は急げと12月3日入院、6日に手術をすることに決まった。それなのに…。

16日、風呂に入り、7時ごろから少し腹痛があったものの、そのまま食事をした。その後、痛みが増したので病院に電話。折り返し電話があり、8時前にタクシーで病院に行く。帰宅中だった医師は引き返してくれた。レントゲンとエコーを撮り、薬をもらいその日は帰宅。だが、10時と午前0時10分、4時10分に食べたものを吐く。

17日の朝8時ごろに再度病院に電話し、9時に外来に行き、そのまま入院。その後も4回ほど吐き、CTやレントゲンなどの検査。排便なく痛み続く。

18日、腸閉塞との診断が下り、明日は鼻から管を入れると言うので、2時間ほど外出許可をもらい、家に帰り、そのままだった部屋を少し片付け、必要なものをバッグに詰め、郵便局に郵便物の不在届を提出。

19日、鼻から管。かなり、大変だった…。その後、緑色の液体を吐く。管の先より、黒っぽい液体排出。これからもずっと絶食なので、高カロリー点滴が始まる。エルネオパ2号、1230カロリー(非タンパク質量1050キロカロリー)1500ミリリットルを24時間かけて投与。

20日、やっと排便あり、少し楽になる。

21日、管の中にさらに細い管を通す。

22日、何も食べなくても栄養は十分足りているとは言え、空腹感はある。そこで、アメとガムが許可になったけど、どちらもあまり好きではない。日常ではまず食べない。それても空腹を紛らわすために売店であれこれ買う。でも、すぐに飽きてしまうから、翌日にはさらに別の種類を買いたす。

28日、やっと、管が抜ける…。腹痛少し治まる。水も少し飲めるようになる。でも、手術まで絶食は続く。

それから、ストーマ閉鎖手術の12月6日までは、たまに腹痛はあるものの、わりと楽に過ごせた。

またしても、自宅からマンガを持ってきてくれる親切な看護師さんなど、この病院の医師もスタッフもやさしい。

そんな頃、ちょっとした「事件」が…。





















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2010年11月09日

(火)あなたのすぐ側にいる毒…

見えないキノコです。

☆黴(かび)
黴とは、菌類の一部の姿を指す言葉。肉眼的に見える微生物の集落(コロニー)の俗称。

正しくは「真菌」動物にも植物にも属さない独立した生物。酵母、糸状菌、キノコがその仲間。種類は一説には数万種と言われ、そのうち2000~3000種が猛毒を持っている。


☆カビの種類
○酵母菌
酵母菌とは単細胞真菌の総称。発酵食品に使われる。また、風呂などに発生する黒いカビも酵母菌。

○糸状菌
多数の細胞が集まった糸状真菌。通常カビと呼ばれるもの。水虫菌(白癬菌)もこのカビ。

○キノコ
詳しくは昨日のブログを読んでください。


☆細菌とカビの違い
カビは細胞内のDNAを包み込む核を持つ、真核微生物。

最近は核をもたない原種微生物。全く別物。


☆カビの役割
動物や植物の不要になったすべての有機物を分解する。

人間が直接利用しているのは、抗生物質。また、みそ、しょうゆ、酒などの発酵食品はカビの力によるもの。ブルーチーズの青カビ、カマンベールチーズの白カビなど。


☆カビによる病気
○夏型過敏性肺炎
空気中のカビの胞子を繰り返した量に吸い込むことで、肺が炎症を起こし、咳やだるさ、息切れが続く。放っておくと肺が線維化する恐い病気。原因はトリコスポロンと言うカビ。夏風と間違われやすく、見過ごされやすい。

○白癬菌
水虫菌とも言う。タムシ、シラクモ、インキンもこのカビによって引き起こされる。白癬菌は角質層に入り込み、角質層を食べるが、その内側の生きた細胞に取り付くことはない。ただ、白癬菌が出す酵素や老廃物が生きた細胞を刺激し、免疫機能にダメージを与えることで炎症が起きる。

○カンジタ
カンジタは人間の消化器系に棲む唯一のカビ。酵母の仲間。通常は人間にとっていい働きをしているが、皮ふに感染すると水虫のような症状が出る。また、重い病気で体が弱っている人などに感染する「日和見感染」をする。

重病人の内蔵等で増殖するカンジタは抗生物質が効かない。カンジタは細菌とは違い、人間などと同じ真核生物なので、漢字他に効果のある薬は人間にも悪影響を及ぼす。


☆抗生物質(antibiotic)
カビや細菌などの微生物によって作られる物質。他の微生物や生物細胞の機能を阻害する。1928年、フレミングが青カビからペニシリン(penicillin)を発見。以後、数多くの抗生物質が発見され、ストレプトマイシン、カナマイシン、クロロマイセチン、バンコマイシン等の抗生物質は夢の薬として多くの人の命を救ってきた。

だが、その乱用(人間だけでなく家畜の飼料等)により、多くの薬剤耐性菌も発見されている。


☆黴雨
中国語では「つゆ」を「梅雨」「黴雨」の2つの字であらわす。梅とカビの発音はどちらも「メイ」黴の訓は「かび」

○梅雨の語源
1.露に通じる
2.食べ物が腐る意味の潰(つい)ゆ
3.梅が熟す意味の熟(つ)ゆ
など、諸説ある。


☆動物の毛ブラシ
カビ取り剤と動物の毛ブラシで使用してはいけない。家に含まれるたんぱく質が、カビ取り剤の成分に反応し、塩素ガスを発生する危険性がある。


☆ナポレオンの死因
ナポレオンの死因については諸説ある。よく知られているのはヒ素によるもの。

1.壁紙に使われていたヒ素を吸い込んだ。
2.暗殺説。
3.胃がんの合併症。ヒ素は外部から付着した。

○壁紙説の根拠
昔からヒ素は絵の具の顔料として使用され、ヨーロッパではヒ素入り絵の具が絵画の色調を出していた。一方、スポプラリオプシスと言うカビは蒸発しにくい無機のヒ素化合物を、蒸発しやすい有機のヒ素化合物に変える性質を持っている。このカビによって蒸発した有機ヒ素を吸い込んだためとされている。

ちなみに顔料とは、着色用の粉末で水や油に溶けないもの。水や油に溶けるものは染料。顔料と言う名前の由来は、昔は色が付けばいいと言うだけで、鉛や水銀の入った顔料を顔に塗っていた。当然、皮ふはボロボロになり、鉛や水銀は体の中にも浸透する。武家の子供が育ちにくかった理由に、母乳に鉛毒が含まれていたことが原因の1つとされている。

さて、真実は…。


カビは至るところ、ものに発生する。シンナー、防腐剤、灯油、理由さん、ジェットエンジン、ゴム、プラスチック、金属など。水深千メートルの深海に棲むカビもいると言う。

カビはすぐにまん延します。常に清潔と乾燥を心がけるしかないようです。




















タグ: カビ
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2010年11月08日

(月)今日も空飛ぶエロの花!

今は1年中食べられるけど、秋はキノコのおいしい季節。

☆キノコとは
キノコは菌類。その菌類で比較的大型の子実体を形成するもの、肉眼でその存在がはっきり確認できるくらいの大きさのものをキノコと言う。顕微鏡でなければ確認でないものはカビ。その種類は数千から数万あり、1000種から2000種が食用になるが、栽培されているのは10数種。

キノコは植物に例えれば、花。飛散する生殖器。


☆キノコの語源
キノコの語源は木の子。
「茸」は草が盛んに生い茂る様子を表わした会意文字。「きのこ」と言う読みは国訓(中国にあった漢字に、日本で違う意味の訓をつけたもの)


☆食用
マツタケを食べ始めたのは奈良・平安時代。

万葉集、読み人知らず
「高松のこの峯も狭に笠立ててみち盛りたる秋の香りのよう」

古くはくさびら(茸)と言い、平安初期の「宇津保物語」に

「おまへのくち木に生ひたるくさびらども、あつい物にさせ」

キノコの栄養素は水分を除くと4割が食物繊維。ビタミンB、カリウムを含むがカロリーはほとんどない。消化が良くないので、食べ過ぎると下痢をする。


☆キノコの種類
○腐食性キノコ
落ち葉や枯れ木を栄養媒体として育つ。シイタケ、エノキダケ、ムラサキシメジ、ナメコ。

○菌糸性キノコ
特定の樹木の根にその期と共生関係を築く。マツタケ、ホンシメジ、ベニテングダケ。人工栽培は難しい。


☆スギ林・ヒノキ林
スギ林やヒノキ林ではキノコは見かけない。根元に共生する「菌根菌」の種類が異なるので、すべての樹木がキノコと共生している訳ではない。


☆キノコと落雷
「落雷をうけるとキノコはたくさん生育する」とギリシャ時代の哲学者、プタルコスが記している。これは落雷によるショックで防衛本能から、子孫の増殖本能が働くと考えられている。

栽培の農家の一部では、電気ショックを与えて増産効果を上げている。


☆最大・最小のキノコ
日本で生育するキノコで大きいものは「ニオウシメジ」最大で180s、直径30p、柄の長さ50p近くのものが収穫されたことがある。
「ニオウシメジ」名前の由来は「金剛力士」の別名「仁王様」から。

キノコ型の組織を形成するものに限って言えば「ロクショウグサレキン」「ビョウタケ」の仲間で1~4mm。


☆キノコあれこれ
○冬虫夏草(とうちゅうかそう)
昆虫などから生ずるキノコの総称。本来はコウモリガの幼虫に寄生する種。養分を昆虫などから得る寄生生活をし、近視の塊りとなり、やがて虫の体内を突き破ってキノコ(子実体)を生ずる。

昔の人はその様子から、冬は虫、夏は草に転生する生き物と想像したらしい。

歴史的には、チベットの薬物書「甘露宝庫(1400年頃)」に記載されたのが最初。中国では清朝時代の医学書「本草従新(1757年)」に初めて出てくる。

○サルノコシカケ
タコウキン科、マンネンタケ科、タバコウロタケ科などの菌が、樹木の幹などから発生する硬質のキノコの総称。サルノコシカケと言う種はない。

○アガリスク
ブラジルで採れるメシマコブ。桑の木に寄生し、桑を枯らすキノコ。

○シイタケ
椎(しい)の木に生えるキノコ。クリ、ナラ、クヌギにも生える。

○マツタケ
アカマツ林に生える。寒冷地では、エゾマツ、ハイマツにも生える。

○マイタケ
見つけた人が舞踊って喜ぶところからつけられた名前。

○キクラゲ
「木耳」はラテン語の「耳介」に由来する。欧米では「ユダの耳」と言う。ユダが首を吊った木から生えたことに由来する。

○マッシュルーム
世界で生産量が最も多いキノコ、75パーセントを占めている。

○その他のキノコ
「しめじ」として売られているのは、ヒラタケの栽培品。
「ほんしめじ」はブナシメジの栽培品。


☆毒キノコの見分け方の迷信
1.縦に裂ける
欧米では「死の天使」と呼ばれるベニツルタケは縦に裂ける。つまり、ほとんどのキノコが縦に裂ける。

2.虫に食われたキノコ
虫に有毒な成分と人間に有毒な成分は違うので、虫が食べていてもダメ。

3.地味なキノコ
ド派手なベニテングタケは例外で、ほとんどの毒キノコは地味。

4.銀のスプーン
銀のスプーンが変色しなくてもダメ。

5.ナスと一緒
バター、油で炒めても、ナスと一緒に煮てもダメ。

6.干す
干して乾燥しても毒は消えない。

7.塩漬け
それでもダメ。

では、どうしてこんな迷信が広まったのかと言えば、明治初期の官報に、一部で流布していた俗説を事実と誤認し、掲載したことによるもの。


☆干しシイタケの作り方
市販の干しシイタケはほとんどが機械干し。なのに、高い。そこで、自宅でも簡単に干しシイタケを作る方法。

スーパーで大きめの生シイタケを買ってきて、ザルに並べて陽のあたるベランダにでも置き、後は天日に当てて干すだけ。そのときに、じくの付いている方から干すのではなく、笠の方から干すこと。そして、ある程度乾燥したら糸に吊るしておく。

2.3日で完了と言う訳にはいかないけど、完全に乾燥しない、半干しシイタケもそれはそれでイケる。また、干しシイタケを改めて天日干しにすると、ビタミンDが増しおいしくなるので、1度お試しください。

キノコはお店で買いましょう。
































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2010年11月07日

(日)甘くて渋い、無花果のような日本人?

みかんとくれば柿。

☆柿
柿はカキノキ科の落葉高木。世界には約500種ある。原産地は日本、あるいは中国と言われている。その他、インド、マレーシア地区を中心に分布。実の成るものは食用。

黒檀(こくたん)はインド南部やスリランカで育ち、家具や建築物などに応用される優良な木材。柿の心材は淡黒色、または黒色。堅く緻密なので、家具や楽器等に用いられる。特に黒色のものは黒柿と呼ばれ、黒檀の代用になる。

縄文時代、弥生時代の遺跡からも出土している。現在のように大きな実の成るものは、奈良時代に中国から伝わったもの。甘柿の出現は鎌倉時代の突然変異によるもの。

日本の柿は16世紀頃、ポルトガル人によってヨーロッパに紹介され、「東洋のリンゴ」として広まり「Kaki」で通用する。日葡辞書には「リンゴに似た日本の無花果(いちじく)」とある。

学名、ディオスピロス・カキ(Diospyros Kaki、神の食べ物)
Dios=ゼウスの神 pyros=食べ物

中国語「シー」
トルコ語、ロシア語「フールマ」
北アメリカ「パーシモン」東洋の柿は「japanese persimmon」


☆柿の語源
1.赤い実のなる木「赤木(あかき)」の上略。
2.実が固い「カタキ(堅木)」の中略。
3.実を取る時、枝を掻いて取る「カキ」
4.実に光沢があるところから「カガヤキ」の略。
5.同じく「アカツキ」の転化。
6.「赤黄(カキ)」色から。
と、諸説アリ。


☆柿の名称の由来
○富有(ふゆう)柿
岐阜県本巣郡巣南町居倉で発見された柿。別名を「居倉柿」と言う。中国の古典「礼記(らいき)」の一節「富有四海之内(天下を豊かに保つ)」から1898年に、富有柿と命名。新潟県から九州まで広く栽培され、全国生産量の60パーセントを誇る代表的な柿。

○次郎柿
森の五軒町(現・静岡県周智郡森町)の松本治郎が弘化年間、太田川の大洪水の後の堤防修復工事に出た際、漂着した1本の柿の苗を持ち帰り、裏庭に植えたのが始まり。実にハッキリした4条の溝があり、溝にそってナイフを入れると種に当たりにくい。

○西村早生(にしむらわせ)
滋賀県大津市で偶然発生した柿。1960年に名称登録。8月下旬から10月上旬に出回る早生品種。福岡県、岐阜県、愛知県などで栽培されている。

○平格無(ひらたねなし)
新潟県新津市原産。古い品種で渋柿の代表。明治20年命名。別名、八珍、庄内柿、おけさ柿。種なし。

○西条柿
広島県原産。1238年、長福寺の僧、良信は本尊薬師如来像の霊夢を受け、弟子の信常を鎌倉の栄福寺へ遣わしたとき、信常が種を持ち帰ったもの。「最上」「才女」とも言われる。


☆干し柿
和菓子の甘さの基準となっている「和菓子の甘さは干し柿を最上とする」と言う言葉がある。柿は酸味が少なく、干し柿の糖度は40~70パーセント。砂糖の無い時代の甘味の優等生。


☆柿霜(かきしも)
干し柿の表面についている白い粉は柿の乾燥に伴って、果肉の中の糖分が表面に結晶化したもの。成分は果糖とぶどう糖。砂糖の無い時代、この白い果粉をかき集めたものを「柿霜」と呼ばれ、今の砂糖のように甘味料として使われていた貴重品だった。千利休も茶菓子に利用していた。


☆木守柿
昔、翌年の豊作を願って、木の上の方の柿を1つ残しておいた。今は木の上に残った柿を差している。


☆硫黄燻蒸(いおうくんじょう)
柿に少し紅がした時点で収穫し皮を剥く。干す前に硫黄を燃やして燻製にする。その時、発生した亜硫酸ガスは水分によって、亜硫酸になる。この亜硫酸がタンニンの酸化を防止し、あめ色のきれいな干し柿が出来る。殺菌力もあり、カビや変色も防ぐ製法。


☆パーシモン(persimmon)
昔はゴルフクラブに使用されていた。日本の柿とは種が違う。ゴルフクラブの最初は、ブナ材(ビーチ)で1590年~1890年の300年の間使われていた。

このブナは古い英語のbuck。これはバッキンガムの語源になっている。本(book)の語源も紙の無い時代、この木の樹皮に文字を書いたことによる。


☆シブオール
シブオールとは柿渋のタンニンの一種。すべての柿に含まれる。シブオールには血管を強くする働きがあり、高血圧症、脳卒中の予防に効果がある。


☆柿渋
柿渋は、渋柿を砕いて絞った汁を発酵熟成して作る。主成分はタンニン。防腐効果、耐水性があり、漁網、傘、うちわ、雨合羽などに塗られていた。建築物の塗料にも利用され、専門の渋塗り職人がいた。

最近は、加齢臭の原因と言われるノネナールの消臭に有効として、化粧品にも利用されている。


☆日本初の特許
明治18年「鉄、銅製品のサビ止めの塗料とその塗り方」が日本の特許第1号。この塗料とは漆、柿渋、アルコール、鉄粉などを素材にしたもの。


☆柿と酒
柿は悪酔いを防ぐ。タンニン、ペクチンにアルコールの吸収を抑える働きがある。二日酔いにも効く。豊富なビタミンCが副腎機能を回復、柿の利尿作用で代謝をよくしてくれる。


☆柿が赤くなると
栄養豊富な柿が食べられる季節になると、みんな元気になって、医者が青くなるという俗説。


☆柿の種
お菓子の柿の種は大正12年、新潟県で生まれた。柿ピーは、ピーナツ業者がピーナツの販売拡大をねらって売り出したもの。


☆柿と杮(こけら)
この二つの漢字、一見同じように見えるけど違う字。柿は9画。杮は8画。杮の旁(つくり)の市は上から棒を書く。杮の音読みは「ハイ」ただ、今は肺や沛(はい)は旁(つくり)を柿と同じように書いている。

ちなみに、杮とは木材の切りくず。ヒノキやマキを薄く剥いだ板のこと。

  
☆桃栗三年柿八年
さて、その続きは。

「柚子(ゆず)は9年」
「柚子は遅くて13年」
「梅は遅くて13年」
「梅は酸いとて18年」
「枇杷(びわ)は9年でなりかねる」
「枇杷は9年で登りかねる、梅は酸い酸い13年」
「柚子の馬鹿めは18年」
「梨の大馬鹿18年」

地域、地方によって実をつける年数が違うので、いろいろある。


人間も個体によって、それぞれ違うんですけど…。

それがわかっていても、つい…。








































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2010年11月06日

(土)うふふ、これは蜜の味…

そろそろコタツでみかんの地方もあるのでは…。

☆みかんの木
みかんの原種は3000万年前のインド東北部アッサム地方が発祥。さまざまな種に分化しながら、ミャンマー、タイ、中国へと広まる。日本にはタチバナとシークワ―サーが自生していたが「魏志倭人伝』には「生薑(しょうが)橘、山椒、茗荷、それらを食用とすることを知らない」と記載があり、食用とされてなかったようだ。

「日本書紀」には「垂仁天皇の命を受け常世(とこよ)の国へ遣わされた、田道間守(たぢまもり、古事記では多遅麻毛理)が非時香菓(ときじくのかくのみ)の実と枝を持ち帰った」とあり、この実は今のタチバナであるともダイダイであるとも、小みかん(キシュウミカン)と定かではない。また、古事記にもみかんは登場している。

その後も中国から、キンカン、コウジ(ウスカワミカン)など、さまざまなみかんが伝来するも、当時の日本では食用よりも薬用として用いられていた。

「日葡(にっぽ)辞書(1603)」には「miccan」と表記されている。古くは「ミッカン」と発音されていたのが、ミカンとなった。

ちなみに、常世の国とは、古代日本で信仰されていた、海のかなたにあるとされる異世界の国のこと。一種の理想郷。また、日葡辞書とは、日本語をポルトガル語に訳した辞書。


だが、室町時代に中国から伝わってきた品種が、それまでの柑橘類より甘かったので「蜜のように甘い、柑子(カンジ、コウジ)」の意味で「蜜柑」の字が当てられた。


☆みかん
日本で普通にミカンと言えば、温州(うんしゅう)みかんのこと。この温州とは柑橘類の産地であった中国浙江省(せっこうしょう)の温州のイメージにあやかってつけられたもので、温州とは関係ない。

みかんの生産は、和歌山、愛媛が多く、静岡と続く。おもな産地は太平洋沿岸、瀬戸内沿岸となっている。

アメリカ・アラバマ州、フロリダ州ではみかんが栽培され「Satsuma」「Mikan」と呼ばれている。日本以外では、スペイン、トルコ、韓国済州島で栽培されている。

カナダではみかんは「クリスマスオレンジ」と呼び、クリスマスシーズンの到来を告げる風物詩となっている。


☆紀伊国屋文左衛門
当時の江戸で、みかんが高騰していることに目をつけた、文左衛門は暴風雨の中、船で命懸けで江戸にみかんを運び、富を得た話は有名。


☆みかんと風邪
みかんはビタミンCやシネフリンと言う成分が豊富で風邪予防にいいとされている。その他、ビタミンA、クエン酸、食物繊維、白い筋にはヘスペリジンは動脈硬化、コレステロール血症に効果がある。また、果肉には、プロビタミンA化合物の一種、クリプトキサンチンが多い。

中国ではみかんは体を温める食べ物として、風邪をひいた際には食べてはいけないとされている。つまり、ミカンは体を温めるので風邪の予防にはなるけど、風邪をひいてしまった後は食べない方がいいと言うことらしい。


☆みかんの効用
漢方では、未成熟な皮を干した青皮と言い、熟した皮を干した陳皮(ちんぴ)は七味唐辛子に入っている。

油胞と呼ばれる果肉のつぶつぶは、リモネンと言う合成樹脂を溶かす溶剤として注目を集めている。リモネンはオレンジオイルや洗剤として使われている。


☆ポンジュース
愛媛のポンジュースは「日本一(にっぽんいち)」のジュースになるようにとの願いを込めてつけられたネーミング。だが、愛媛では「ポン」は「くだらないもの」「糞」の意味があり、最初は「糞のジュースかと揶揄された。


☆みかん缶詰の歴史
○外皮付き糖蜜煮
最初のみかん缶は、外皮をつけたままで甘煮にされた(キンカンの甘露煮スタイル)文献によると明治10年の「朝野新報」に掲載されていた。

○みかん大缶
外皮を手剥きして丸のまま詰めたもの。明治30年ころ。売れ行きはよくなかった。

○丸球みかんの砂糖漬
大正6.7年頃。これも評価はよくなかった。

○みかんシラップ漬缶詰の変遷(注:シロップの印字ミスではない)
内果皮を手やナイフで剥皮したもの。大正時代。

内果皮をアルカリで処理したもの。昭和2年。

内果皮を酸とアルカリで処理したもの。昭和8年。

缶切りの要らないイージーオープン缶。昭和40年。

透明プラスチックボトル入り。平成。 

透明袋みかんゼリー。平成。


☆缶詰のみかんの内果皮の排除方法
@ 最初は外皮は手剥き。0.5パーセントくらいの塩酸に30分浸す。

A @を水洗いする。

B 水酸化ナトリウム(カセイソーダ)の0.5パーセントから1.0パーセント程度の液の中に浸す(50度くらいに温めてあれば、数秒でよい)

C Bを水洗いすれば、みかんの内果皮は見事にはがれる。

この方法は日本人が発明したもので、ビタミンCが少ししか破壊されない。最近は外皮剥きも機械化されている。


☆余談
○私のみかんの食べ方。
私は、みかんが嫌いと言う訳ではないけど、買ってまで食べようとは思わない。何より、食べ方、食べカスが汚い。口に入れたものを出すという行為もいやだし、中にはどうしてだか、みかんの房を縦に口に入れる人もいる。その時、変顔になるんだけど…。

そんなみかんも買わなくてももらう時がある。その時は半分に切って果汁をしぼる。これこそ、何も足さない本当のみかんジュース。これはものすごくおいしい!そして、外皮(ワックスなし)は細く刻んで野菜炒めに適量入れ一緒に炒めると、ほのかなみかんの香りがしてさっぱりとおいしい野菜炒めの出来上がりとなる。残った皮は冷凍しておく。

でも、みかんの食べ過ぎは控えましょう。皮ふが黄色くなる柑皮症だけでなく、あれでなかなか糖分が多いので、糖尿病の危険性もあります。




























































欧米では「Satsuma」「Mikan」と呼ばれている。
タグ:蜜柑
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2010年11月05日

(金)紅くて、知恵があって、すごい味の…

人間の肉の味がすると言われても…。

☆ザクロ(石榴、柘榴、若榴)
ザクロとはザクロザクロ属の木、またはその実を指す。学名、Punica granatum。原産地、ペルシャ。 


☆ザクロの語源
ザクロの科名、PunicaceaeのPunicaは「フェニキアの」を意味するPoeniに由来。古代ローマの博物学者、プリニウスがザクロを「カルタゴのマルス」として、カルタゴ周辺がザクロの原産地として考えていた。

granatumは「種の」や「粒の」の意味。英語のpomegranate(粒の多いリンゴ)はラテン語のpomumgranatum、pomagranata(種の多いリンゴ)に由来。

中国語の「石榴」「安石榴」はパルティア王朝のアルサケスを張騫(ちょうけん)が「安石」「安息」と音訳し、パルティアを意味する「安息国」に由来。またザクロを「塗林(とりん)」と呼んでいた時代もあり、サンスクリット語のザクロを意味するdarim、darimaの音訳。「榴」は実が瘤(こぶ)に似ていることに由来。

日本語のザクロは、石榴、石榴の字音から。呉音では「ジャク・ル」漢音では「セキ・リュウ」

「本草和名」には「安石榴、別名塗林、若榴」の中国読み「zak-law」に由来。また、ティグリス川、およびペルシャ湾東方のザグロス山脈のザグロスを「石榴」と音訳したともある。


☆ギリシャ神話
ペルセポネはゼウスとデーメーテール(豊饒神)との間に生まれた娘。そのペルセポネを冥界の王ハデス(ローマ神話ではプルート)は冥界に連れ去ってしまう。嘆き悲しんだ母のデーメーテールは大地に実りをもたらすことを止めてしまう。困ったゼウスはハデスを説得し、ペルセポネを解放することに成功。だが、ペルセポネはハデスに差し出された12粒のザクロの種のうち、4つを食べてしまった。

冥界の食べ物を食べたものは冥界に属すると言う神々の取り決めにより、以後ペルセポネは4カ月冥界で過ごすことになる。デーメーテールの悲しみは癒えることなく、娘が冥界にいる4カ月の間地上に実りをもたらすことを止めてしまう。これが冬の始まりと言われている。また、4粒ではなく、6粒と言う話もある。


☆エジプト神話
戦場で敵を皆殺しにするセクメトに対し、太陽神・ラ―は、7000の水差しにザクロの果汁で魔法の薬を作り、セクメトはそれを血と思い込み飲み、酩酊して殺戮(さつりく)を止める。


☆キリスト教
キリスト教ではザクロは再生と不死に対する希望のシンボル。聖母マリアの象徴。ボティチェリ作「マニフィカトの聖母」「石榴の聖母」には、幼いキリストがザクロを持っている。ミレーの「無原罪の聖母」ではマリアの足元にザクロが描かれている。

アダムとイブが出会ってしまった「知恵の実」はリンゴではなく、ザクロの説もある。


☆鬼子母神(きしぼじん)
インドの訶梨帝母(かりていも)には子供が千人いた。しかし、人間の子供を食うことを止めないので、釈迦が人肉の味がするザクロの実を与え、人肉を食べないことを約束させ、子供を守る神となった。

鬼子母神が手に持っているのは、吉祥果(きちじょうか)言われるザクロの実。

江戸三大鬼子母神
真源寺(入谷)法明寺(雑司ヶ谷)法華経寺(千葉県市川市)


☆紅一点
紅一点とは、男性の中に女性が1人いること。この紅とはザクロのこと。中国宋の時代の詩人、王安石(おうあんせき)の「石榴詩」は彼が大臣だった時、翰林院(かんりんいん)の庭にザクロの林があり、緑の葉の中に1輪紅い花が咲いていた。

「万緑叢中紅一点 動人春色不須多」
(濃い緑の中に一輪紅い花が咲いている、人を感動させる春の景色はこの一輪だけで十分だ)


☆石榴口
江戸時代の風呂の多くは蒸し風呂(湯を張った風呂は湯屋で江戸時代後半に登場する)で、蒸気が逃げないようにするため、湯船に入るには屈んで入るようになっていた。そこを石榴口と呼んだ。ザクロの絞り汁で鏡を磨くと曇らない。そこで、風呂の入口を屈み入る、鏡鋳る(鏡を磨くこと)にかけて石榴口と呼んだ、江戸ッ子の粋な言葉遊び。


☆ガーネット(garnet:石榴石)
1月の誕生石。


☆ザクロジュース
ザクロに含まれるエストロゲンは特に女性には必須な成分。だが、ほとんどのザクロジュースにはエストロゲンはそんなに入ってなく、値段のわりにその効能も疑問視されている。つまり、高価なのに、その効果が疑わしい…。

コラーゲンも食べたからと言って、翌朝、肌がぷるっぷるっになることはない!


私は子供の頃にザクロを食べたことがある。粒々の集まりのようなもので、何かを食べた言う気もしなかったし、何より、その酸っぱさに閉口した。これが人肉の味とは到底信じられなかった。誰も食べはしないけど、人肉も肉だから、食べればやはり「肉」の味がすると思う。

市販のザクロジュースは飲みやすくおいしいそうだけど、気休めのようなものに高い金を出す気はない。

石榴にもいろいろな話が伝わっている…。















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2010年11月04日

(木)蝌蚪・おたまじゃくし文字

日本が世界に誇る伝統工芸の一つ。漆器。

その漆器を作るには、漆が不可欠。

☆漆(うるし)の語源
漆とはウルシ科のウルシノキ(漆の木)やブラックツリーから採れる、天然樹脂塗料。塗料だけでなく接着剤としても使われる。その塗膜は耐久性、耐薬品性(酸やアルカリに強い)に優れている。葉や幹に触れるとかぶれる。

元の字は、漆の「サンズイ」が無い字。「漆」とは川の名前を表す字だったのが、元の字に代わって使われるようになった。

「うるし」の語源は「潤汁(うるしる)」「塗汁(ぬるしる)」に由来する。また「うるわしい」に由来する説もある。英語で、Lacquer Tree。


漆を採るヤマウルシの原産地は中国、チベット、インドなどの高原地帯。塗料にしたり蝋(ろう)を採るため、日本各地で古くから栽培されてきた。幹を傷つけて漆液を採り、果実の皮からは蝋を採る。

ウルシ科には漆を採る櫨(はぜ)の他に食べられるウルシ科の植物もある。マンゴー、ピスタチオ、カシューナッツなどもウルシ科。


☆漆の歴史
縄文時代前期約5500年前の遺跡から、漆を塗った櫛(くし)や盆が出土している。縄文時代後期には、土器、弓、装身具などの塗料に使われていた。

日本書紀には、漆部造兄(ぬりべのみやつこあに)という人物の名前があり、漆製作のグループがあったと思われている。

日本最古の法律と言われる「大宝律令(たいほうりつれい、701)には、大蔵省の管理下に漆部司、漆部が置かれていた。

正倉院文書では地方に漆部があったと記載があり、正倉院宝物の中には、様々な漆技法を使った楽器や調度品が残っている。


☆漆の種類
樹液成分
○ウルシオール
日本、中国、朝鮮半島。

○ラッコール
台湾、ベトナム。

○チナオール
タイ、ビルマ。

上質なのは、ウルシオール。


☆上杉鷹山(うえすぎようざん)
米沢藩主の上杉鷹山(治憲はるのり、1751−1822)は藩財政を立て直した名君として誉れ高い人物。だが、その財政再建も大変なものだった。竹俣当綱(たけのまたまさつな)の提案した財政改革案「樹養篇」により、漆100万本を植え蝋を採って売ることにした。だが、西日本で櫨から採れるハゼロウが市場に出回り、米沢の漆蝋は「悪蝋」と呼ばれあまり相手にされなかった。

和ろうそくは、石川県七尾の和ろうそく(ハゼロウ)会津の絵ろうそくが民芸品として残っている。


☆漆器(しっき)
漆器とは、漆を塗った木製の器。漆はプラスチックにも塗れる。英語で漆器は「japan(jは小文字)」中国のChinaとchina(陶器)と同じ。


☆烏帽子(えぼし)
元服した男性がかぶった帽子。烏(からす)と言う字が使われるのは、黒漆で塗ると、烏のように黒くなることから。

漆が黒くなるのは、ウルシオールラッカーゼと言う酵素の働き、酸化して黒く乾燥する性質がある。


☆漆黒(しっこく)
漆黒の闇とは、漆で塗ったように暗い夜。漆黒の髪は、黒くて艶のある髪。

漆黒は今はすでに死語となっている。現在は山奥にでも行かなければ、漆黒の闇はないし、髪は茶髪…。


☆蝌蚪文字(かともじ)
蝌蚪とは、中国の古体篆字(てんじ)で、おたまじゃくしのこと。竹筒に漆文字を書くと、漆に粘り気があるので、文字の線の最初が大きく末端が細くなる。それがおたまじゃくしに似ているところから。


☆漆
大字(だいじ)数字の、壱、弐、参…は、領収書や小切手などを書き換えられないために使用される漢数字。この大字の「七」は「漆」


☆柿漆(ししつ)
渋柿のこと。このシブを和紙で作ったうちわ、傘などに塗っていた。今は酒の清澄剤に使われている。主成分はシプオールと言うタンニンで、高血圧、脳卒中の後遺症にも使われる。


☆下瀬火薬
日露戦争で純粋なピクリン酸を使った爆薬のこと。ピクリン酸は反応が敏感で、砲弾に装着すると弾に使われている鉄と化合して、輸送や発射衝撃ですぐに爆発してしまう。そこで、下瀬博士が考えたのが、弾体の内部に漆を塗って、鉄とピクリン酸の反応を防ぐと言う方法。


☆漆喰(しっくい)
消石灰を結合剤とするモルタルや塗り壁のこと。この漆喰は当て字。
「しっくい」は「石灰」の唐音読みからで、漆とは関係ない。


☆カシュー塗料
カシュー樹の実から採れる油状物質(カシューナットシェルオイル)を原料として、科学加工したものを、カシュー塗料と言う。漆とよく似ているため、漆の代用品となっているが、耐久性、耐薬品性は劣る。


☆三度笠とヤクザ
これは以前も取り上げたけど、ヤクザの定番スタイル、縞の合羽に三度笠は元は飛脚が考案したもの。あの平たい笠は全天候型笠で、漆が塗られている。飛脚が江戸と大坂を月に三度往復することから、三度笠と呼ばれた。そのスタイルをヤクザがパクったもの。


☆漆の歴史の続き
鎌倉時代になると、浮き彫りの彫刻に漆をかけた「鎌倉彫り」が考案され、蒔絵の基本的技巧が完成。室町時代には堆朱、安土桃山時代には、平蒔絵に 梨地が、江戸時代になると、会津塗、輪島塗、津軽塗が盛んになる。

○蒔絵(まきえ)
漆で文様を描き、乾かぬうちに金銀粉、色粉などを巻いて付着させる技法。

○堆朱(ついしゅ)
朱漆を厚く塗り重ねて紋様

○梨地(なしじ)
漆面に金銀の梨子地粉をまき、その上に透明な梨子地漆を塗って、粉を解きださず 漆を透かして見せる技法。 梨の皮に似ているところから

○螺鈿(らでん)
夜光貝やアワビなど、真珠光を放つ貝殻を紋様に切って、生地や漆塗りの面にはめ込んだり、貼りつけたりしたもの。


☆漆の日(11月13日)
漆製法、漆器製造は縄文時代から行われてきた。だが、その頃の漆技術は、まだ未完成の状態であり、そのことを憂いた文徳天皇(もんとくてんのう、827−858)の第一皇子、惟喬親王(これたかしんのう)は、漆技術の向上を願って、法輪寺に参篭(さんろう)本尊の虚空蔵菩薩(こくうぼさつ)に教示を受けて、技法が完成。親王はそれを国中に広めた。親王の参篭満願の日、11月13日には報恩講(漆祭り)がおこなわれる習わしが現在も続いている。

ちなみに、継ぎ漆の「コクソ」は、虚空蔵が訛ったもの。


芸術品からヤクザまで、漆は素晴らしいです。

でも、私たちが普段目にしているのは、カシューナッツ塗料でしょう。











































タグ:漆器
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